流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
ルート 少し散歩したい
「水もそうだけど、さすがに体がバッキバキだよ……少し散歩してこようかな」
「コーン」
「ぽんぽーこぽーん?」
「うん。ちょっとだけ体を動かしつつリグの分のお水も持ってくるよ。おあげとおかきにもお豆持ってくるね」
「コンコーン!」
「ぽぽーん!」
これは最近知ったことなのだが、おあげとおかきはお豆が好きらしい。
栗なども好きなようだが食べやすいお豆を特に好む。
二匹の頭を撫でて、体を伸ばしてから立ち上がった。
部屋から出てエレベーターには乗らず、運動がてら一階一階階段で降りる。
と――。
「リョウちゃん? え? 起きたの?」
「わあ、ノインくん!」
たったったっ、と軽快な足音が聞こえてきて「おや?」と思ったらノインが現れた。
わずかに息が上がり、汗が滲んでいる。
「ノインくんは――もしかして訓練してる?」
「うん。階段の上り下りも足腰の訓練になるから。こんなに長い階段、ユオグレイブの町にはないからせっかくだしと思って」
階段を見て「せっかくだから上り下りの訓練しよう!」とはならないだろう、普通。
こういうところが努力家だな、と感心してしまう。
「リョウちゃんは?」
「私も少し体を動かしたかったの。ずっと寝てると体が痛くて」
「あー、確かに寝すぎるとなるよねー。下に行く?」
「うん。一緒に来てくれるの?」
「リョウちゃんは忘れてるかもしれないけど、四階より上は貴族が寝泊まりしてるんだよ」
「あ」
又吉により王族たちが働かされているため、他の貴族たちも働かなければ立つ背がなくなる。
みんなでやれば掃除も洗濯も早く終わる。
そういう貴族は下の階に赴き、平民をいびっているらしい。
お前たちが働かなくてどうする、と。
中には自室に年若い娘を連れ込もうとする者もいるらしい。
「ボクが階段を上り下りしてるとそういうのやりづらくなるでしょ?」
「ノインくん偉い」
「リョウちゃんも気をつけないと。一応狙われているんだから」
「そ、そうかぁ」
すっかり失念していた。
涼も貴族から狙われるのだ。
[異界の愛し子]とバレているわけではないが、黒魔石を持っているのは知られている。
貴族のほとんどは召喚魔法に通じている。
召喚魔法師になっていなくても、貴族にとって召喚魔法を使えることが貴族として一人前だからだ。
魔力と適性を持つのが当たり前。
だからこそ、選民意識が強い。
黒魔石がどういうものなのか、当然知っている。
「ボクかジンくんか師匠と一緒にいなよ、って言われてたのに。忘れてたね?」
「ウッ! ……わ、忘れてました」
「だーよねー。でも一階に行くなら一緒に行くよ。ボクが見つけられてよかった〜」
「うん。ありがとう、ノインくん」
と、いうわけでノインと二人で階段を降り始めた。
四階の踊り場に来た時、強烈な量の視線を感じる。
振り返ると貴族らしき人々が一斉にこちらを見ていた。
「あれ、なんかちょっと様子おかしいな。ごめん、ちょっと一緒に来てもらってもいい?」
「わ、私のせいじゃないの?」
「ううん。別だと思……」
『ぼふーーーん! ぼっふぼふふー!』
「あ、提灯お化け」
「やっぱりね」
ノインが感知した瞬間、お化け屋敷に泊まるすべての人間に一人一つつけられていた提灯お化けが騒ぎ出した。
一斉に叫び出したため、無関係な者も「なにかあった」と察する。
障子がバタンバタンと開き始め、まるで案内するかのように提灯お化けが光り始めた。
『ぼあー!』
「女の子が連れ込まれたって!」
「翻訳助かるー! 一緒に助けに行く?」
「うん!」
待っていろ、とは言われない。
涼を一人にはできないから、こういう言い方をしたのかもしれないけれど素直に役に立てるところがあるのが嬉しい。
人をかき分けながら特に提灯お化けが騒がしい部屋に入ると、平民の少女を囲む五人の貴族男。
ノインが涼に「女の子をお願い」と頼む。
なるほど、確かに怯えた女の子に、女の子みたいとはいえ男の子のノインが駆け寄るのは怖がらせてしまうかもしれない。
そういう役割を頼む意味でも、涼を連れてきたのだろうか。
(ノインくんは本当にすごいなぁ)
しかしまだ少女のところへ行こうにも、男たちが彼女を囲んでいる。
躊躇しているとノインが剣を抜いた。
「なんだ貴様、出ていけ!」
「子どもの来るところじゃないぞ!」
「おじさんたちは知らないかもしれないから自己紹介しておくね?」
「おじ……!? だ、誰がおじさん――」
「ボクの名前はノイン・キルト。自由騎士団二等級騎士。騎士ノイン・キルトの名において、全員に『決闘』を申し込む。ちょっと表に出てくれる?」
「「「「「!?」」」」」
にこり、と微笑んだノインに全員が一瞬で青ざめた。
いつもならば「『決闘』申し込んじゃうぞ!」と、脅すに留まるノインが正式に『決闘』を申し込んだ。
そういえば以前「ガチで害をなしているところを見たら容赦しないよ!」といい笑顔で言っていた。
今回は泣いて嫌がる少女を、五人の男が囲って押さえつけている現行犯。
情状酌量の余地はない、ということなのだろう。
「ま、待て! これには理由が」
「いいよ。聞いてあげる。どんな理由?」
「えーとそれは……」
「こ、この娘が粗相をしたから、これは仕置きだ! 平民が貴族である我らに粗相をしたのだから、償うのが筋であろう!」
ようやく少女から離れた男たち。
合間を縫うようにして、少女を助け出す。
提灯お化けの助力で、ノインの方に連れてくると、ワッと泣き出してしまった。
しかし、その涙は恐怖と嫌悪ではなく安堵。
涼が少女の肩を撫でて「もう大丈夫」と繰り返す。
それを見て、ノインが男たちの方へと視線を戻した。
「粗相って?」
「そ、それは……き、貴族である我らが働かされて、平民が働かないのはおかしい! 我らの代わりに掃除をせよと命じたのだ。だというのにこの娘は働きもしない」
「命じられたのはおじさんたちでしょ? っていうか王様もお妃様も王子たちも働いているのになんで自分たちは平民に働くのを肩代わりさせてるの? 王様におじさんたちのやったこと話してみようか? 多分怒られるよね?」
「や、やめ――!」
「まあ、どちらにしてもボクがおじさんたちを騎士として断罪するって決めたので、おじさんたちはボクからの決闘の申し込みを断れない。どうしてもボクと戦いたくないのであれば、自分から貴族籍を抜けるしかないよね? そういう法律だもの。ボクはどっちでもいいよぉ? でも、自由騎士団とウォレスティー王国との盟約に基づいてボクの宣言を聞いたおじさんたちの魔力――体にしっかり刻まれているよね、ボクの家紋が」
「ひっ!」
男たちの額に丸い剣の紋章が浮かぶ。
逃げられないように、自由騎士団に決闘を申し込まれた者にはこのような処置が施される。
消すには死ぬか、決闘の前に自分から罪を認めて裁判所と国王から許可を貰い貴族籍から抜けるしかない。
そもそも貴族にとって自由騎士団からの『決闘』の申し込みは死と同義。
言い訳しようがどうしようが、もう遅い。
「く……くそ! 冗談じゃない!」
「ば、バカ! やめろ!」
男のうち一人が契約魔石を取り出した。
剣に疎い涼にもわかる。
狭い部屋。入り口から男たちのいるベッドは少し離れている。
けれど、十分そこは――ノインの間合いの中だ。
男の手が、契約魔石ごと宙を舞う。
血が乱雑な弧を描き、ぼとり、と音を立てて床に転がった。
「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!」
「女の子の前だから首はやめておいてあげようと思ったけど、家族との別れの時間は要らない感じ? ボクはどっちでもいいけど」
「ひ、ひっ……ひぃ」
ずしゃ、と腕を切られた男が座り込む。
決闘を行う際、指定の時と場所で行われるのは家族や親しい者との別れや身辺整理のため。
そして自由騎士団と戦う時の武器は剣のみ。
召喚魔法を使ってはいけない。
――ノインの場合は、そもそも使わせない。
いや、たとえ召喚に成功したとしても……。
「待て! 許してくれ! 反省する! 二度と女性の弱みに漬け込んでこんなことはしない! 王への忠意に誓ってもいい!」
「ダメ。もう遅い。そもそもボクが館内にいるのに我慢できなかったってことは、普段からこういうことしてるんでしょ? この女の人で何人目か言える?」
「な、ない! 初めてだ!」
「まあ、いいよ。どうせ終わりだもん。ダンジョン化が解かれてからにしよう。身辺整理と家族とのお別れ、ちゃんとしておいてね」
「そんな――!」
行こう、とノインが涼と少女を促す。
部屋から出ると、貴族たちの恐怖に慄く視線が集中してくる。
「あの人大丈夫?」
「さあ? でも多分召喚魔法で治癒するんじゃない? くっつけやすいように綺麗に切ったしね」
その優しさは必要なのだろうか?
困惑しながら、彼女の泊まっているという二階に移動する。
母親らしき女性に少女を届けると、「ありがとうございます! ありがとうございます! 貴族に連れて行かれて、もうダメだと……」と泣きながらお礼を言われた。
「お宿の中にはボク以外にも自由騎士団が何人かいるので、貴族になにか言われたりされたりしそうになったらボクらのことを盾にしてください。それでもまた身内を攫われたりするようなら、声をかけてください。対応します」
「あ、ありがとうございます!」
「自由騎士団の騎士様なのかい? 坊やが?」
「ふふーん、こう見えてボクは二等級なんですよー」
と、ドヤ顔。
涼は思わず「最年少剣聖が決まってるんですよ!」とつけ加える。
それにノインが慌てて「リョウちゃん!」と咎めるような声をあげた。
なにかダメだったのか。
「ボクまだ聖剣を使いこなせないし、正式に任命されたわけじゃないから!」
「でも決まってるんでしょ?」
「師匠はああ言ってたけど、ボクにはまだ早いよ。もっと経験を積まないと。とても師匠みたいに振る舞える自信ないしー」
「そんなことないよ!」
自分でも驚くほど大声が出た。
でも本気でそう思う。
ノインの両手を掴む。
しっかりと目を見下ろして、強く――伝われ、と。
「ノインくんは今も十分“剣聖”だよ! いてくれるだけで……ううん、側にいなくても、名前だけでも、人を守ってくれるじゃない! ノインくんがいてくれるだけで、私は守ってもらってきたもの! この世界に来て、右も左もわからない私をずっとお見舞いに来て、外に連れ出してくれて、カーベルトを紹介してくれて……ノインくんは、ずっと私の“剣聖”だよ!」
自分でも後半はなにを言ってるんだろう、と思わなくもないけれど、本当にそう思っている。
彼より優れた自由騎士団はいないとすら思うくらい。
名前でさえ盾に使えという。
そして、名前ですら盾になる。
それが剣聖でなくてなんだというのだろう。
剣聖という称号はなにも剣の腕の話だけではないはず。
レイオンが示してきた。
剣の腕と、その名を盾に、人を守る。
「……っ……そ、そう、かな?」
「うん。ノインくんは剣聖だよ。もう」
「――じゃあ、気を引き締め直さないとね」
「うん、そうだね」
どこまでも真面目で、高みへの上限がない。
彼はもう立派な剣聖だ。