流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

ルート 外の様子を見に行こう

 
 うーん、と少し考えてからふと窓の外を見る。
 ギャアギャアと空を飛び回る怪鳥竜の数は、増えているように見えた。
 
(そういえばお化け屋敷が外の怪鳥を追い払っているって言っていたな。大丈夫なんだろうけど……)
 
 ずっと籠っているのもなんとなくストレスだ。
 かと言って窓の外には監視役及び護衛の一旦木綿が飛んでいる。
 怪鳥竜に襲われないのは、お化け屋敷が結界を張っているからだ。
 確かにこのままではいけない。
 食糧はリグが【戦界イグディア】の『打ち出の小槌』で大量に用意したらしいが、人数が人数だ。
 貴族の何人かは、『打ち出の小槌』の契約魔石を用いて一日中食糧を取り出すのに魔力を費やしているらしい。
 しかしそれでも量が足りるか微妙で、『打ち出の小槌』を使う貴族は今や一日二十人以上。
 王都の冒険者も数十人ほど生き延びていたので、彼らも協力してくれていると聞いた。
 外に畑が作れれば――という声も上がり始めている。
 だが、それはこのお化け屋敷で長期間過ごすということ。
 一部の貴族はそれを視野に入れるべき、と王族に提案している。
 レイオンが王族と決定的な距離を置いたことや、ミセラが王宮召喚魔法師を辞すると宣言したことが大きい。
 王家への忠誠が揺らいでいるのは今に始まったことではないが、今回の件は如実に生き残り貴族たちの王家への信用が揺らいだ。
 不信感と不平不満が爆発寸前。
 フィリックスは「多分ダンジョン化が終わったあと、内戦になる」と目を伏せながら呟いていた。
 内戦になると自由騎士団(フリーナイツ)は全員撤収し、国内干渉を一時停止する。
 内政干渉となるため、自由騎士団(フリーナイツ)は国内にとどまれなくなるのだそうだ。
 ノインは「こんな時にこそ弱い人のために戦うべきだと思うけど」と唇を尖らせていたけれど……。
 
「ちょっと外に出てみようかな」
「コン!?」
「ぽ、ぽーん!?」
「あ、心配しないで。少し散歩してくるだけ。寝過ぎて少し体と頭が痛いから、運動して体をほぐしてくるだけだから。あと、うーん、水も飲みたいかな。喉が乾いちゃった。おあげとおかきにお豆も持ってきてあげるね」
「「!」」
 
 二匹の目の色が輝く。
 だからこのままリグが寝ているベッドに小領域を展開し続けておいてほしい。
 すぐに帰ってくるから、と二匹の頭を撫で、部屋を出る。
 提灯お化けがふわふわと手前を漂う。
 護衛兼監視役は、なにも外の一旦木綿だけではない。
 この屋敷内の案内役、提灯お化けもその一端。
 エレベーターで下に降り、玄関から外に出てみる。
 空を見上げながら背伸びをして息を吸い込むと、ストレスが緩和されていくようだ。
 
「さてと、水とお豆をもらって戻ろうかな」
 
 魔力を回復する。
 それが“あの人”に望まれていることだ。
 リグと同じ顔の――この世界で一番正しくて強い人。
 
「あ」
 
 思い浮かべた人が、森から歩いて帰ってくる。
 その隣にはアッシュ。
 立ち止まって言葉を二、三交わして、手を挙げて別れる。
 
「あ……あの、おかえりなさい」
「は? 不用心だな? なんでこんなところにいる?」
 
 玄関の前で出迎えると、首を少し傾けて問われる。
 それはそうだろう。
 魔力回復を最優先にしろ、と言われているのだから。
 
「えっと、ずっと寝てたら体と頭が少し痛くて、少し運動しようかな、って」
「ああ、そうか。だがなにも小領域から出る必要はなかったんじゃねぇの?」
「水が飲みたくて……お散歩がてら」
「ふーん」
 
 まともに顔が見られない。
 まさか立ち止まって話をしてくれるとは思わなかった。
 俯いて、見上げることができない。
 自分がこんなに男の人を意識する日が来るなんて。
 
「……なら少し森を歩くか?」
「え?」
「俺が一緒なら問題ないだろう。ほら」
 
 手を差し出されて、柄にもなく舞い上がった。
 けれどすぐに自分の気持ちを否定する。
 親切心から提案してくれたのだろう、なんだかんだ、優しい人だから。
 コクコクと頷くと、いつまでも手を取らないことに煮え切らなかったのか無理矢理手を掴まれた。
 革の手袋の感触から、あたたかな手の温もりが伝わってきて全身がぶわりと熱くなる。
 
「あ……あ、あ、あの……」
「お前、男の趣味悪いな」
「えっ」
「生娘がわかりやすすぎる。あの程度で俺に惚れるとか、男を見る目はあるが趣味は悪い」
「う、え……!?」
 
 そんなことは、とか、違います、なんて通じない。
 歩幅を合わせて歩いてくれるところも、繋いだ手を絶対離さない――逃さないと言っているところも、確信に満ちた声も、否定の言葉を許さないのだ。
 あ、とか、う、とか漏れ出るような音しか口から出ず、最終的に「私、趣味悪いんですか」と絞り出した。
 
「俺がどういう人間か理解した上で惚れてるなら趣味悪い」
「そ、それは……」
「俺はこの先も日陰者だぞ。アレが日向で生きられるように、あらゆるものと戦う。そのために強さを求めた。お前はこのままアレと一緒に日の当たるところで生きればいいだろう」
 
 森の木陰に入る。
 ユオグレイブの町の倉庫街で助けられた時に言われた言葉が蘇る。
 今ならあの時シドが言ったこともわかるし、あの時ついていかなかったのはよかったのだと思う。
 だが――。
 
「私は、リグの召喚魔だからそうは思わないです」
「は?」
「リグはシドにも日向で生きてほしいって思っている。あれだけ自分の意思を育ててくるのを諦めた人が、唯一願っていたのがあなたのことなんです。あなたに誰も殺してほしくない。これ以上罪を重ねないでほしい。あなたに過酷な生き方なんてしてほしくない。あなたと一緒に――家族として生きたい。離れていたから、これからは」
 
 列車の中で金平糖をリグが購入したことや、リグに食べさせたりしたこと。
 シドだって家族として一緒に暮らしたいと思っているのではないか?
 少なくともリグはそれを望んでいる。
 あの、リグが。
 
「お前と、アレが思うほど世間は優しくない」
「それはわかってます! わかっててそう望んでるんです!」
「ハッ! ……今でこそもう十分すぎるほど無理してるのに、俺までとは。どこにそんな楽園があるんだよ? お前の世界か?」
「っ」
「この国はハロルドを倒してダンジョン化が解けたあとの方がヤバい。エレスラ帝国も内紛中。レンブランズ連合国の隠れ家に移動させるつもりだったが、この国に留まればお前もリグも反乱に巻き込まれるぞ」
「え……で、でも、あの」
 
 レオスフィードが、と名前を出すと「一緒に連れてけば?」と言われてしまう。
 ただ、シドとしては(リョウ)に元の世界に帰るのが一番いいと思っているらしい。
 もう十分に理解しているつもりだ。
 (リョウ)もまた、下手をすれば(リョウ)だけで戦端の理由になる。
 
「――あのお節介剣聖は本気で俺を自由騎士団(フリーナイツ)に入れるつもりなのかねぇ? 内紛してても帝国は奪いにくるだろうし、連合国も黙っていない。二ヶ国の同時襲撃を乗り越えるには、確かに俺がほしいのかもな」
「そんな……違います! レイオンさんは、ただシドにも――!」
自由騎士団(フリーナイツ)自体が潰されるぞ。戦わないと、確実に」
 
 なにと戦うのか、と言われれば当然“国”とだ。
 反乱が起こるのならこの国の中で確実に[異界の愛し子]は奪い合いになる。
 そこから逃れても、内紛の隙に攻め込もうとする帝国と連合国に狙われるだろう。
 安全な場所などない。
 
「だからお前はまず弱味を消せ」
「よ、弱味?」
「ハロルドが倒れてダンジョン化が解けたら――リグとともにユオグレイブの町にいる同郷の者たちを、元の世界に帰せ。貴族は汚ぇから真っ先に人質に取る」
「え、そん……でも、できるんですか? ユオグレイブの町まで戻らなくても……?」
「召喚したのはお前だ。呼び寄せてそのまま異界に帰せばいい。契約の解除と送還。リグと一緒ならできる。そのためにも魔力はできるだけ回復しておけ。それ以外に使う必要はない。ダンジョン化が解除されなくても、送還はできる。このダンジョンの件が長期間に及ぶようなら、先に送還すればいい。長期化にメリットはないと思っていたが、こちらが先手を打つ時間ができるのは悪くない」
 
 じっと見上げる。
 リグを守るために、本当に先々のことをよく考えている。
 その考えを教えてもらえることが、どれほど特別なことなのか。
 
「……」
 
 嫉妬だろうか。彼の弟に。自分の召喚主に。
 そんな資格はないのに、彼にこれほど大切に思われて羨ましい。
 (リョウ)にはこれほど身を案じてくれる家族なんていない。
 
(そうか。シドに惹かれたのは……家族想いな人だからだ)
 
 まさに憧れ。
 こんな家族がほしい。
 この人なら、自分を大切にしてくれる“家族”になってくれるだろうと。
 身勝手すぎて吐き気がする。
 趣味が悪いとは、あまりに的確な表現だ。
 
「お前本当に帰るつもりないの?」
「……え、あ……は、はい。私の両親、私がいるから離婚できないって言ってて……私に興味がないんです。最後に顔を見たのもいつだか思い出せないですし、一緒に食事した記憶もないし……。帰っても――」
 
 目を丸くされた。
 あまり楽しい話ではないので、ごめんなさいと謝ると「別に」と首を振られる。
 
「なるほど。どっちがいいんだろうな。駒として利用するために、魔力の高い女を半殺しにして【機雷国シドレス】の技術を使って色々遺伝子弄って無理矢理孕ませ産ませた父親と、子どもに興味のない両親。お互いロクな親に恵まれなかったな」
 
 ふふ、となにが面白いのか笑うシド。
 シドとリグの母親のことは、確かに気になっていたけれど想像以上にろくでもない。
 手を掴んだまま、シドが元来た道に踵を返す。
 
「あ……」
「まあ、どちらにしてもリグもお前も俺が守る。お前らが日向で過ごせるのならなんでもするし、それを阻むやつは俺が全部切り伏せる。だから好きに生きろ。どの世界だろうと、生きにくいやつは生きにくい」
「……わ、私、も?」
「ああ。リグと、お前」
「……っ」
 
 ずるい、と呟く。
 趣味が悪いと言っておいて、思わせぶりなことばかりするし、言う。
 その呟きにシドがまた笑いながら「当然だろう。俺を誰だと思っている」と返す。
 
「懸賞金三十億の世界最強。つまり世界で一番、悪い男だぜ? 引っかかったお前が悪い」
 
 
< 89 / 112 >

この作品をシェア

pagetop