流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜
再交渉
思わず胃を押さえるフィリックスに、ノインと刃は心配そうな眼差しを向ける。
支配人室に集まったのは国王と第一王子第二王子と大臣、重鎮の貴族数名。
この辺りは前回の面々と同じ。
さらにユオグレイブの町の元町長エドワドと、召喚警騎士団署長のエジソン。
王都の召喚警騎士団団長カルシファと副団長セドニール。
彼らは署長、副署長も兼任しているいわば召喚警騎士団のトップ二人。
対してシドとレイオン。アスカとミセラとアラベル。ノインと刃とフィリックスとレオスフィード。
今回は体調も回復しているリグと涼も参加することにした。
支配人室のベッドに座って庶務机に座る王と、それを囲む貴族たちを眺めるリグとその隣におあげとおかきを肩に乗せて眺める涼。
入り口側にはレイオンたちが陣取り、場の空気はピリピリとしている。
「さて、最後の話し合いといきましょうか、国王陛下」
「ああ」
ここで話し合いがまとまらなければ――自由騎士団はレオスフィードを連れてダンジョン化解消後即国外に退避する。
国内に留まっている全員に帰還命令が出るだろう。
国王としてはもう内戦は避けられないと理解できている。
兄王子たちは自分の代わりに後始末を押しつける予定のレオスフィードを、自由騎士団に連れて行かれるわけにはいかない。
完全に保身を優先する気満々の彼ら相手に、レイオンとアスカとミセラの表情は非常に険しかった。
「ハロルドの居場所が見つかりました。で、戦力を集めて乗り込み、状況を打破しようと思います。自由騎士団として行いますが、ウォレスティー王国側はいかがいたしますか?」
レイオンがしっかりと立場を表明した上で国王に問う。
この国の王都のことだ。
当然、自国の王都を乗っ取られた状態で、なにもしないわけにはいかない。
国王も「無論、我が国の召喚警騎士団を派遣する」とカルシファを見上げる。
「ハロルド・エルセイドは我々で討ち取る。貴殿らにはサポートをお願いいたします」
「無理だな。戦力に差がありすぎる」
「っ」
ウォレスティー王国の召喚警騎士団が行わなければならない事案だ。
だからこそカルシファはそう言ったのだが、シドが一刀両断。
ムッと睨みつけられても、平然と睨み返す。
「敵戦力の差など、我らで覆してみせるわ」
「斥候も放てない、ここ数日敵の本拠地探しも英雄様に丸投げして王都周辺の壁ばかりぐるぐる回ってなにもしてこなかった召喚警騎士団が、なんの役に立つ? 動き回って列車から投げ出されていた騎士を集めていたのは、こっちの平民出身の猿の召喚警騎士だけじゃねぇか。ユオグレイブの署長殿も他の貴族と今後どちらの王子につくか、そんな話ばかりに夢中になってなにもしてこなかった。腐敗もここまでくると立派な機能不全だな。自浄作用はとうにできなくなっているとは思っていたが、ここまでなにもできないと足を引っ張らないだけマシかと思う」
「き――貴様……!」
深々溜息を吐いて、王都の召喚警騎士団団長やエジソンの最近の動きを暴露するシド。
涼とリグも眠ってばかりでなにもしてないので、正直責められる立場にないので思わず目を閉じて天井を見上げる。
いや、涼たちは魔力の回復を最優先させただけだけれど。
シドにもそう指示をされていたし。
「俺はダンジョン化が解かれたあとは弟を自由騎士団の剣聖に預けて、この国からはおさらばさせてもらう。つまんねぇ内戦に巻き込まれたくないんでな。ハロルド・エルセイドは殺す。それでいいな?」
「まあ、こうなっては仕方ない。陛下、レオスフィード殿下の申し出により我々もダンジョン化解消後はレオスフィード殿下とシドの弟であり[異界の愛し子]であるリグ・エルセイドとその関係者を自由騎士団で保護させていただきます。また内戦は避けられないと見ておりますので、盟約に従い自由騎士団は全騎士国外退避とさせていただきますが異論はございますまい?」
「……あぁ、余は此度の責任を取り、退位する。あとのことは息子たちのどちらかに任せるつもりだ」
国王が明言した瞬間、第一王子と第二王子がお互いを睨みつける。
しかし、その怒りの矛先はフィリックスとノインの間にいたレオスフィードに向けられた。
「待ってもらいたい! 【竜公国ドラゴニクセル】の適性があるレオスフィードが、次の王ということで話はまとまっていたはずです! 父上、ここでしっかり次期国王を指名してください! 私はレオスフィードが立派に跡を継いでくれると信じております! 長子たる私がレオスフィードが成人するまでしっかりと支えますので、どうぞレオスフィードを次期王に!」
「いえ! 兄上こそ次の王に相応しい! 父上、ここはやはり長子たる兄上を次期国王に据えるのが望ましいかと! レオスフィードでは幼すぎます。本人も自由騎士団とともに行くと申しておりますし、此度の後始末は優秀な兄上が行えばすべて安泰にございましょう!」
始まった。
後始末係の押しつけ合いだ。
こうなることは目に見えていたが、実際に始まるとなんとも醜悪である。
ミセラが頭を抱えて呆れ果てる中、貴族たちも自分が所属する派閥の王子の意見を推奨し始めた。
どう足掻いても戦争になるだろう。
シドの言う通りになりそうだ。
「面倒くせぇな。ハロルドじゃねえが、ここで全員殺した方がこの国の民のためになるんじゃねぇの?」
「「「!」」」
シドが【無銘の魔双剣】の柄に手を置く。
苛立った声色に王を囲んでいた貴族と王子たちが、ハッとして視線をシドに向ける。
ああは言ったが、本当になるつもりはないだろう。
彼らを殺したところで、生き残ったレオスフィードにすべての後始末を丸投げにしようとする貴族たちに担ぎ出され、地位の高い貴族たちが「幼いレオスフィードに、政治を任せるわけにはいかない」だの「今回の混乱の責任を王家が負うべきだ」などとなにかしら理由をつけ、私兵を集めて自分が王に成り代わろうとする反乱が起きるだけ。
「まあ、このザマじゃあ近いうち“次”のハロルド・エルセイドが生まれるだろう。その時国民からも支持を得て、暴徒をまとめ上げる平民の召喚魔法師が隣にいれば貴族社会は一発で崩壊するだろうな。『聖者の粛清』の残党に『リーダーになってください』って誘われているけれど、面倒でずっと断ってきたが――こんなクズの現場見てるとそれもアリかもしれねぇなぁ?」
「な!」
「く、貴様、やはり我が政権に害なすつもりか……!?」
「害をなす? どっちが?」
シドか、この場の王侯貴族たちのどちらが国の害なのか。
そう聞き返したのだ。
それに対して貴族たちが「貴様に決まっているだろう!」とシドを指差す。
それに対してフッ、と余裕の笑みを返す。
「自覚がなくて結構結構。じゃあまあ、勝手に自滅してくれよ。俺としては露払い用の召喚警騎士が数百人ばかり一緒に『竜の巣』に突入して、巣の中のドラゴンたちを取っ払ってくれればそれでいい」
「ふ、ふざけるな! ここまでのことをされて、我々に雑魚の処理をやらせるというのか!」
「さあ、どうかな? 雑魚の処理もできるか怪しいと思ってるぜ? なにしろ、竜の巣にいる若い竜は食欲旺盛な成長期。そして子育て中で凶暴性が増した親ばかり。現場も知らない召喚魔法師が、果たして役に立つかどうか。それでも人柱になって道を開ける手伝いでもしてくれれば御の字だな?」
「くっ!」
レイオンはシドの挑発的な態度に頭を抱えて溜息を吐く。
確かにそれくらいのこともできないのだろう。
シドの話を聞いただけでカルシファたちはあからさまに嫌そうな表情になった。
その様子に、特にがっかりした表情を見せたのはフィリックスだ。
王都の召喚警騎士団の最高責任者がこの様子とは、さすがに思いたくなかったに違いない。
「シド」
「却下だ」
「……まだなにも言っていない」
「お前たちの魔力を竜の巣相手に使うのは許さない。遅かれ早かれ内戦でこの国の召喚警騎士も召喚魔法師も大量に死ぬ。指揮官が見ての通り無能だからな。無能に使われるのを拒んで民が反乱を起こすのも時間の問題だし、反乱を起こした民を貴族が召喚魔法で鎮圧して大量虐殺するのも目に見えている。終わりだよ、この国は。どう足掻いてもな。だからお前が無駄に干渉する必要はないし、お前が干渉して救える命があると思うな。助けてもすぐ死ぬ」
なにを提案しようとしたのかはわからないが、キッパリ断言されて「わかった」とやや俯くリグ。
助けてもすぐ死ぬ、と言われると涼の脳裏にユオグレイブの町で出会った人たちの顔が浮かぶ。
リータや冒険者協会の人たち、いつもお世話になる冒険者や、食料品店の人たち。
彼らが内紛に巻き込まれて――死ぬ。
そんなのは涼も嫌だ。
「あの……シド、でも……私もユオグレイブの町の人たちにはとてもお世話になっているの。あの人たちが戦争に巻き込まれるのは嫌。できることがあるのならやりたい」
「チッ!」
思い切り舌打ちされた。
怖い。
しゅん、としてしまう涼の両頬におあげとおかきがもふもふの毛をもっふもっふと擦り寄って元気づけてくれる。優しい。
リグも少し嬉しそうに手を掴んできた。多分「言ってくれてありがとう」という意味。可愛い。
それを見てますます苛立たしそうになるシド。
「……なにか方法があるのか? 内戦を回避する方法が?」
「俺は見捨てる気満々だったから言うつもりはない。――が……ウォレスティー王国の家契召喚魔をレオスフィードが召喚できれば誰も文句言えなくなるんじゃねぇの? ウォレスティー王国の家契召喚魔神竜エンシェント・ウォレスティー・ドラゴンは伝説級の中でも伝承級に近い。神竜に正式な主人として認められれば誰も意を唱えられなくなる」
「そしたら、戦争なくなる!?」
とっても不本意そうに言うシドにレオスフィードが駆け寄る。
ミセラが「それは危険ですわ!」とレオスフィードの肩を掴んで引き留めた。
アスカも「今のレオスフィード様の魔力では無理です!」と断言する。
家契召喚はその家の血筋の者ならば、低コストで上位から伝説級の召喚魔を召喚できる特殊な召喚魔法。
しかし、それでもやはり神竜クラスにもなると、その最低限のコストでもそれなりの負担になる。
幼いうちは魔力量がとても少ないので、最低限のコストであっても魔力が足りなくなるのだ。
「今のレオスフィード様の魔力は10前後。エンシェント・ウォレスティー・ドラゴンは神竜です。いくら家契召喚魔といえど、最低コストは40以上あるはずですの。お身体を壊してしまいますわ」
「っ……で、でも!」
「リグ、アレを貸すくらいなら許す」
「わかった」
本気で嫌そうにしながらも、なにか許可を出すシド。
涼にはしっかり嬉しそうに見えるリグが、右耳の髪に隠れた黒い石のイヤリングを外した。
黒魔石のイヤリングだ。
それを見て、レイオンも「あ」と目を丸くした。
「そ! それは黒魔石!?」
「馬鹿な! 本物か!?」
「レオスフィード、耳を」
「う、うん?」
驚く貴族たちを尻目に、外したそれをレオスフィードの右耳に着けてやるリグ。
小さな耳には大きな魔石のイヤリング。
「レオスフィードなら召喚魔の声を聞くことができる。話を聞いてあげるといい」
「うん!」
頷いたレオスフィードが、父王を見上げる。
そして両手を差し出して「父上、お願いです。ウォレスティー王国の守護竜の契約魔石をお貸しください」と頼んだ。
もうこの時点でその場の全員が悟っている。
この少年は――レオスフィード・エレル・ウォレスティーは神竜を召喚できる、と。
兄王子たちの、狼狽え切った表情。
止めなければ、兄たちに未来はない。
しかし、止めれば“後片付け役”をレオスフィードに丸投げできるという甘い誘惑が頭の片隅に残っているのだ。
「よ、よかろう。できるものなら、召喚してみるがよい」
「ありがとうございます! 父上」
紫色の魔石を父王の首から取り外し、受け取るレオスフィード。
手に持った途端「わあ」と明るい声をあげる。