流星群の落下地点で〜集団転移で私だけ魔力なし判定だったから一般人として生活しようと思っているんですが、もしかして下剋上担当でしたか?〜

強襲のシルフドラゴン

 
「おい、いったいどうなっている!」
「[異界の愛し子]に会わせてくれ! 説明を求む!」
「そうだ! このお化け屋敷の召喚主はハロルド・エルセイドの息子だろう!? まさか裏切ったのか!?」
「リグさんはお化け屋敷の強化に集中しています。これ以上近づくなら切り捨てます」
 
 押し寄せていた貴族たちが、剣の柄に手をかけた(ジン)の姿に後ろへ下がる。
 ノインの真似をして笑顔で脅すことも考えたが、アレはまさしく強者にのみ許されたやり方だった。
 (ジン)には難しくて、結局虎の威を借る狐のように剣を用いて脅すしかできない。
 案の定「見習いのくせに」と悪態を吐く者もいる。
 
「ジンくん! 外のドラゴンは粗方倒せた! おれとキィルーは引き続きここを守る。君はどうする!?」
「フィリックスさ――」
 
 どうする、と聞かれるとは思わなかった。
 エルとの約束がある。
 だからフィリックスは、わざわざ声をかけに来たのだろう。
 
(本当にいい人なんだよなあ!)
 
 こういうところが、心から尊敬できる。
 元の世界にはこんな大人いなかった。
 家族のように自分のことを思ってくれる、こんな大人。
 だから躊躇もした。
 後ろの部屋にいる(リョウ)たちを放り出すような感じがして――。
 
「でも、この人たち……」
(ジン)くん、私とリグは大丈夫」
(リョウ)ちゃん……? でも――」
「大丈夫でございますにゃーん」
 
 扉の中から(リョウ)の声がして、振り返る。
 まだ踏ん切りがつかない(ジン)の元へ、又吉が降り立った。
 本当にどこからともなく出てくるものである。
 
「十分に魔力をいただきましたにゃん。ここから先に立ち入るのは我らが許しませんにゃ。我らは支配人――主人を守るために顕現したも同然の身。あるじ様が望まぬ面会は又吉が絶対阻止するにゃ」
「ひっ……」
 
 カッと見開いた黄色い目に慄く貴族たち。
 確かに又吉たちがいるのなら、なにも問題ないかもしれない。
 少なくともこのお化け屋敷は建物自体が召喚魔だ。
 忘れそうになるが、一度「異物」として処断されれば生きて出るのは無理だろう。
 巨大な妖の腹の中にいるも同然なのだから。
 
「わかりました! (リョウ)ちゃん、オレ、エルとの約束を果たしてくる!」
「うん、気をつけてね」
 
 彼女にそう言われれば胸があたたかくなる。
 ここで待っていてもらえると思うと、必ず帰ってこようと思う。
 なにより、フィリックスがいるのだ。
 大丈夫という信頼がある。
 
「オレ、行ってきます!」
「十分に気をつけて。ちゃんと召喚していくんだぞ」
「はい!」
 
 階段を駆け降りる。
 手すりを滑った方が速いが、下の階の子どもたちに真似されてはまずい。
 玄関から駆け出し、ペンダント状の契約魔石を握る。
 
「エル!」
 
 (ジン)が名前を呼ぶと、紫色の小さな光が無数に溢れ始めた。
 急速に溢れて巨大な一つの塊に変わると、白銀の美しいドラゴンが翼を広げる。
 
「山頂に行こう! そこにハロルドがいる!」
『――』
「エル?」
 
 翼を広げたまま、宇宙色の瞳を山頂に向けるエル。
 すぐに(ジン)を見下ろして眉根を寄せた。
 
『いいえ、ジン。ハロルドはほしいものを絶対に逃さない。ただの一つでも』
「どういうこと?」
『山頂は囮。来る』
「!?」
 
 前を向くと、未だかつてないほど巨大なシルフドラゴンが咆哮を上げながら急速に降ってくる。
 周辺の木々がそのシルフドラゴンの通ったあと、根こそぎ吹き飛ばされて禿山になっていく。
 
「なんだ、あの召喚魔は!」
「シルフドラゴンだ! おそらくこの竜の巣の主! ジンくん!」
「フィリックスさん、ハロルドが乗り込んできます! やっぱりオレ、このままここで迎撃します! 狙いはリグさんと、多分(リョウ)ちゃんも!」
「っ!」
 
 叫び終わる頃、結界に凄まじい衝撃が響き渡る。
 リグが(リョウ)の魔力でさらに強化したのだろう、シルフドラゴンの体当たりにも、一応は耐え抜いた。
 しかし、結界全体が振動して歪んだのが視認できる。
 このままでは壊されかねない。
 
『ジン! 来た!』
「あっ!」
 
 シルフドラゴンから、人が降りてきた。
 結界は召喚魔やドラゴンの攻撃を跳ね返して阻むが、人間は素通りできる。
 白髪に近い金髪碧眼の初老の男が、剣と杖を持って地面からゆっくり立ち上がった。
 武器に明るくない(ジン)にもわかる。
 あれは伝説級の【戦界イグディア】の武器だ。
 黒と白のローブを纏って砂埃を纏いながら歩いてくる。
 初めて会った時は色々な意味で視覚的に捉えづらかった男だが、こうして真正面から対峙するとなんて恐ろしいのだろうか。
 魔力の圧を感じる。
 リグというよりは、シドに近い。
 
「ほう、召喚警騎士とやらの中にも真面目に働く者がいるのだな。それとも君たちは平民出身の騎士なのかい? よく貴族どものために命を賭けられるものだ」
「貴族のために命を懸けているわけではないさ。戦う力のない、罪のない人たちのために戦うんだ」
 
 (ジン)にはハロルドの発した言葉が衝撃だった。
 真っ先に、これほど目立つ形で佇むかつての相棒を完全に無視してフィリックスたち召喚警騎士に話しかけたのだ。
 エルが悲しいと感じている。
 契約魔石を持つ(ジン)には、伝わってきた。
 
「っ――なんで! 目の前に……エルがいるのに、無視するんだ!」
 
 だからつい、どうしても黙っていられなくて叫んでしまった。
 フィリックスたちを見ていたハロルドが、ゆっくりと(ジン)の方を向く。
 
「ああ、もちろん見えているとも。君が私の専属召喚魔だったエルを、専属に迎えたのだな。せっかくこの世に生み出してやったというのにシドはまったく反抗的だ。ダロアログはいったいどんな育て方をしたのだろう。まあ、どちらにしても君を殺せばエルは私の下に戻ってくる。簡単な話だよ」
「っ――!」
 
 (ジン)がいれば、エルはハロルドの専属召喚魔などに戻ることはない。
 しかし、ハロルドの理屈はとうの昔に(ジン)の考えを超えていた。
 新たな相棒召喚魔法師がいたならば、殺してしまえばいい。
 そうすればエルはまたフリーになる。
 なんという理屈だろうか。
 
「あ、あなたは……自分の相棒をなんだと思っているんですか……」
 
 相棒になったばかりの(ジン)にもよくわかる。
 この人は召喚魔を道具としてしか思っていない。
 
「あなたは復活した時に、召喚魔という言葉をなくすって……召喚魔と『エーデルラーム』の人間が、手を取り合って仲良く暮らせる世界にするとか、言ってたじゃないか……! それなのにエルへのその態度はなんなんですか!? 完全にエルを道具扱いじゃないか! 言ってることとやってることがチグハグすぎる!」
 
 契約魔石から流れてくる悲しみを感じるから、悔しくてたまらない。
 自分がこんなに他のなにかと感情を共有するとは思わなかった。
 それにリグやシドに対する言い方も気に食わない。
 自分以外のすべてが、この男にとっては道具、駒なのだ。
 
「理想のためならば致し方のないことだ。悲しみや痛みの伴う変革の先にこそ、理想の世界があるというもの。エルは我が理想を正しく理解してくれている」
『そんなわけない! ハロルドは間違っている! エルはハロルドに、そんな理想を語る前の、昔のハロルドに戻ってほしい!』
「……エル、何度も言っているだろう? これは必要なことだ。誰かがやらなければならない。でなければずっと平民と召喚魔たちは王侯貴族にいいように扱われる。ここで断ち切らねばならない」
『まだわからないの!? あなたのやっていることは、あなたが嫌いでたまらない王侯貴族と同じなの! もうやめて! あなたがやっていることは、ただの復讐なんだよ!』
「そうとも。王侯貴族は私に復讐される義務がある。いや、私だけではない。虐げてきた者たちの積もり積もった怒りを受け止めなければならない。それだけのことをしてきたのだから」
 
 エルとハロルドのやり取りは平行線だ。
 聞いていたとおり、言葉は通じるのに話が通じない。
 そして、ハロルドの言葉に召喚警騎士と警騎士の中には剣を下ろす者が現れ始めた。
 エルとは通じない話だが、王侯貴族に不満を持っている者たちには通用する。
 
「だとしても、それを理由に王都で暮らす人々を大量に殺した罪は許されない」
 
 フィリックスが口を挟む。
 平民でも、王侯貴族に怒りを覚えていても、決して同調できない罪がある。
 フィリックスの言葉にハロルドは目を細めた。
 
「現体制を甘受する者も同罪だ。数の力ならば変えることもできただろうに、それを諦めている」
「召喚魔法の強大さを知っているのなら、身を守る術も持たない人々にそれを強いるのがいかに無慈悲かわかるはずだ」
「そんなことはない。人々には言葉という力がある。それを使わないのは怠慢だ。そして数という力も持っている。全員で立ち向かわなければならない」
「だから殺していい理由にはならないと言っているんだ」
「言葉という力、数という力を王侯貴族のために使うのならば、それは排除するべき敵となる。致し方のないことだ」
 
 ああ、やはり話にならない。
 シドやアスカたちが山頂から戻ってくることを期待しているのだが、時間稼ぎのためにハロルドと会話するのが苦痛でならなくなってきた。
 
「あんたとは一生分かり合えなさそうだ。少なくともおれは罪もない人たちを争いに巻き込むべきではないと思う」
「民こそが立たねばならない。王侯貴族の体制を受け入れる者たちこそ、気づかなければならないのだ」
「彼らはとうに気づいているさ! 正しい指導者があれば確かにあんたの言うことも可能なのだろう。けれど、少なくともその指導者はあんたじゃない!」
 
 愚かな、とハロルドが首を左右に振り、剣と杖を腕に絡みつかせてフィリックスへ向けた。
 
 
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