【急募】推しに好きって言わせる方法

捕まったのはどっち?


 
 病院について、受付で自分の名前を名乗る。既に事情は共有されているらしく、受付の女性に「三号館の一階となります」と教えられる。
 どうやらそこで、香くんは手術を受けているらしい。
 病院内の案内図を見て三号館一階に辿り着くと、手術中というランプが点滅していた。
 この部屋の中に、香くんがいるのか。
 緊急搬送とは、何が起きたのだろうか香くんは大丈夫なのだろうか。不安になって手を握る。その時、ふと彼の言葉を思い出した。
 
 『実は僕、不治の病を患ってるんだよね。完治が見込めないやつ。この前主治医にもうすぐ死んじゃうって言われてさー。いやー参っちゃうよね』
 
 その時は酔っていたし、香くんもすぐに冗談だと言っていた。
 だから、嘘だと思っていた。
 でも本当は、嘘ではなかったとしたら……?
 嫌な汗が滲む。
 待合室で、ひとり手を組んで待つ。
 何が何だか分からずにただ嫌な予感だけがした。そのまま待っていると、しばらくして「柳イオリさん、いらっしゃいますか」と男性の声が聞こえてきた。
 待合室は私以外いない。
 私が立ち上がると、白衣を着た男性が私の方に向かってくる。男性は医師のようだった。
 
「水瀬さんの件について……彼の病状についてなんですが」
 
「はっ……はい!」
 
「非常に厳しい状況です。もともと、いつ発作が起きてもおかしくない状態ではありました。……出来ることはしますが、万が一のことも考えていてください」
 
「万が一……」
 
「ここまでもったのが奇跡に近いんです。元々この病気はあまり症例がなく、対処療法しか治療法はありません。ですが水瀬さんはそのバイタリティで補ってきました。……今夜が、山場かと」
 
 私は何も言えなかった。
 そもそも香くんの病状についても何も知らないのだ。
 だけどここで何も知らないと言ったら部外者として追い出されてしまう。
 香くんのためを考えたら、この場を離れるべきなのだろうか。ここにいてもいいのか。
 分からなくなる。
 だけど私はここにいたかった。
 未だに、頭は突然の事態に追いついていない。
 心臓はバクバク言っているし、手は冷たくなっている。私は、なるべく落ち着いた声が出せるよう努めて言った。
 
「よろしくお願いします……」
 
 医師の男性は、真剣な声で「分かりました」と答えた。
 
 ☆
 
 時間が酷く長く感じた。
 ここに来たのは昼過ぎの三時だったというのに、手術が長引いているのか、もう時刻は六時近い。
 ずっと握りしめていたスマホの画面は暗いままだ。
 スマホを操作する気になれなかった。
 
 七時が近くなって、胃が痛くなってくる。
 そういえば、お昼ご飯を食べていなかったことを思い出す。
 売店が九時までだと看護師さんに教えてもらったことを思い出し、私は手術室を見た。
 未だにランプは赤いままだ。
 心臓が酷く痛む。
 
 香くんは死んでしまう……のだろうか。
 医師の先生は『万が一のことも考えていてください』と言っていた。つまり、死んでもおかしくないのだ。
 お別れすら言えていないのに。まだ、私は香くんの何も知らない。このままお別れなんて嫌だと思った。
 だけど今の私には、祈ることしかできない。
 無事を祈ることしか。
 
 売店に向かう途中、なにかの通知を受信したのかスマホが明るくなった。
 視界に入った画面には、友人から【書類の提出間に合った?】と来ている。
 そうだ。
 そういえば、今日は書類を提出するはずだった。
 マイナンバーカードがなくてすっかり慌てていたけれど、そんなことも随分前のことのように思える。
 実際にはまだ数時間前の話なのに。
 売店で、お茶とパンを買って、手術室に戻る。
 変わらずランプは点灯していた。
 
 香くんのご家族はまだ来ていない。
 連絡がつかないと、何か知らないかと看護師さんに状況を聞かれたが、私にわかるはずもなかった。
 
 深夜一時。
 いつの間に意識が落ちていたのか、ウトウトしていたようだった。
 突然、声をかけられた。
 
「柳さん!水瀬さんの手術が終わりました!」
 
「……!」
 
 その声にすぐに意識が浮上する。
 私は思わず椅子から立ち上がった。声をかけてくれたのは看護師さんだった。慌て手術室のランプ表示の方を見ると、ランプはもう消えていた。
 私は焦りのあまり、吃りながらも看護師さんに尋ねた。
 
「しゅ、手術は……!」
 
 尋ねると、看護師さんは柔らかい声で言った。
 
「手術は無事、成功しました……!水瀬さんは、生きています」
 
「……!」
 
 思わず、何も言えなくなってしまった。
 忘れていたかのように疲労が突然やってきて、足元がふらついた。
 それを看護師さんに肩を支えられる。
 その時、彼女のネームプレートが目に入り、そこには【丸山】と記載があった。
 彼女が私に電話をしてきた丸山さんなのだろう。
 
「大丈夫ですか?水瀬さんはまだ眠られてますが……どうされます?」
 
「……起きるまで、待っていてもいいですか?」
 
 香くんに、聞きたいことは尋ねたいことはたくさんある。
 だけど今、手術が成功したと聞いて本当に安堵した。
 
 足にうまく力が入らない。どうやら気力を使い果たしたようだ。今さらながら手が震えてきた。
 そして、猛烈な睡魔もやってくる。
 だけど、ここで寝るわけにもいかない。
 
 丸山さんに支えられて、私は病室に案内された。
 香くんは手術室から病院に移されたようだ。丸山さんと一緒に病室に向かう。
 夜の病院はとても静かだった。耳が痛いほどの静寂。
 香くんのいる病室は、この棟の最上階のようだ。エレベーターが開いて、フロアに出る。
 その階は自動ドアがあって、インターホンが備え付けられていた。
 それを丸山さんが自分のカードをかざして、開けてくれる。普通の病室と違う……。
 
「水瀬さんは七丸三号室でしたね。ナースステーションで来賓用のカードを貰ってきます。ここに出入りする時はカードが必要になるので、携帯するようにしてください。お帰りの際はナースステーションまで持ってきていただくようにお願いします」
 
「は、はい。分かりました」
 
 ナースステーションの受付で自分の名前を受付表に記載する。
 丸山さんの案内の元、七丸三号室に向かった。
 この階は病室が少なく、もともと五室程度しかないようだ。くねくね曲がる通路の壁にこの階の案内図があった。見ると、香くんのいる七丸三号室はこの中でも最も広いようだ。
 香くんって一体何者なんだろう……?
 突き当りの病室。
 扉の横には七丸三号室と記載がある。七丸三号室の病室には、オートロック型の鍵がついていた。丸山さんが番号を打ち込む。
 
「ひとまず、番号は本日の日付としています。後で変えたい場合は看護師に言ってください」
 
「分かりました」
 
 鍵が開錠され、丸山さんと室内に入る。
 テレビがつけられた部屋は通常の病室よりもずっと広かった。カーテンはすべて締め切られていて、暗い。眠っている香くんに配慮してか、電気はつけられない。
 静かな病室内。そのベッドで香くんは寝かされていた。
 
「…………」
 
 この前会ったばかりなのに、ずっと会っていないような感覚になるのはどうしてだろう。
 黙ってしまった私に、丸山さんが室内の温度を設定してくれたり、室内に備えつきの冷蔵庫の中を確かめてくれたりしてくれている。室内にはキッチンも備えつきがあった。
 私はベッド横の椅子に座りった。
 
「それでは、私はこれで戻りますね。彼女さんもあまり無理はされないでください」
 
「え………」
 
「また明日、様子を見に来ますね」
 
 丸山さんはそれだけ言うと、そのまま部屋を出た。
 彼女………?誰が?
 一瞬固まるが、状況的に私のことを言っているのだと知る。
 んん……!?私が彼女!?
 そんな馬鹿な。
 でも丸山さんに私が緊急連絡先だと言ってしまった以上、今訂正するわけにはいかない。彼女じゃないならお前は何なんだとなってしまう。いや本当その通りではあるのだが。
 カチコチ、カチコチ。
 静かな病室に秒針の音だけが響き渡る。
 
 私は香くんが起きたら、まず何を話そうか考えていた。
 香くんの手を握った。
 ほっそりとした手は白いが、しかし、その骨ばった長い指先は紛れもなく男性のものだ。
 その確かな感触に、私は香くんが生きていることを、手術が成功したことを強く実感した。よかった……。そのまま手を握って、額に押し付けた。
 そうしていると、「ん……」と不意に掠れた声が聞こえてきた。
 
「……!」
 
「あ……?ここ、どこだ……」
 
 香くんが起きたようだ。
 寝起きの、ぼーっとした声だった。私は何も言えなくなってしまった。
 何か、言葉にはしたいのだが、何を言えばいいかわからない。
 香くんはそのまま目元に手を置いて、それから自分の片手が誰かに掴まれていることに気がついたようだった。
 目元を覆う手をずらして、こちらを見る。
 彼の黒曜石のような瞳と目が合った。
 いつも通りの、どこか倦怠感が伺える香くんと目が合って心臓がドキリとする。
 彼は「は?」と呟いた。
 
「イオリ?」
 
「香くん。よかっ………。良かったです、目が覚めたんですね」
 
 もはや何をいえばいいかわからず、整理が追いつかない。滑るように言葉がおちる。頭が上手く回らなかった。
 時刻は三時を過ぎている。あと、もう少しすれば陽が昇る。
 
「え。何でイオリが……。てか、ここどこ?」
 
「ここは、出山小崎病院です。わ、私は病院から電話が来て……っ」
 
 感極まって、感情が上手く制御できない。
 声が震えて、そのまま涙がこぼれおちた。震える声で言うと、香くんは少し黙っていたが、「僕倒れた?」と聞いてきた。
 それに頷いて答える。
 
「それで、イオリに電話がいったんだっけ?なんで?」
 
「わ、私のマイナンバーカード……」
 
「……あー、返そうと思って鞄に入れたヤツか。ああ、なるほどね」
 
「か、香くん。……病気って。何の病気なんですか?先生は手術は成功したと仰ってました」
 
 私がたどたどしく言うと、香くんの手が、ス、と私の目元に触れた。涙をぬぐわれる。
 だけどとめどなくこぼれる涙は、拭うのも間に合わない。
 それでもまっすぐに香くんを見ると、思ったより彼は柔らかい顔をしていた。
 きっと今の私は、見れた顔じゃない。こんなに泣きじゃくって、今朝にしたメイクも全部落ちているだろう。
 ウォータープルーフじゃないから。マスカラなんかはきっと酷い有様だろう。
 化粧品はウォータープルーフにしとくんだった。
 
「生まれつき、体に欠陥があるんだよね。僕」
 
 不意に香くんが話し出す。
 私は言葉を止めて、彼の話を聞いた。
 
「子供の時は見つからなかったけど、高校の健康診断で見つかったんだ。そのまま精密検査して発見。効果的な治療法は見つかってない」
 
「治らないんですか…?」
 
「治療法が見つかってねーからな。僕もよく分かってないし。でも、担当医には長くないって言われた」
 
 香くんはいたって平然と話し出す。思考の糸が絡んでいく。
 手術は成功した。
 香くんは、助かったんじゃないの?
 
「僕さ、母親と父親がいねぇんだよね。いや、高校の時まではいたけど。僕の病気がわかってから、両親の仲がすげー悪くなってさ。どっちが悪いって話を延々としてて。結局、口喧嘩がヒートアップしてそのまま刺殺事件にまでなっちゃった」
 
「し、さつ」
 
「多分イオリも知ってるんじゃない?ニュースになったし」
 
 あっけからんと香くんが話す。話の内容はとても重く、そんな軽い口調で話せるものなはずがないのに、香くんはいつも通りだ。それが酷く悲しかった。
 
「両親はいなくなったけど、遺産が入って生活には困らなかった。親戚は金のことでうるさかったけど、それで縁を切った。だから、今回も誰にも連絡つかなかったんじゃねーの?」
 
 確かめるように言われて、私は言葉に詰まる。
 そうだ。香くんの御家族、親類、誰にも連絡がつかないからと私に連絡がきた。
 黙った私を肯定と受け取ったのか、香くんが「知ってたよ」と言った。
 彼はそのままこちらを向くと、私の継がれたままの手を握った。
 びくりと体が震えた。
 
「もう死ぬってわかったらさ。大学に行く気もなくしたし。余ってる金はどうするかなとは思ったけど、まあ、僕が死んだあとは知ったこっちゃないしな」
 
「香くん……」
 
 自分が死ぬことを受け止めて、それを何ともないように話す香くんに、私は何も言えなかった。黙る私に、香くんが目を細める。
 それは私が何度となく見てきた、彼の笑みだった。
 
「そんな時にイオリと会ったんだよ。昔からよく変質者とかに好かれるたちだったけど、なんか、もうもうすぐ死ぬって思ったらどうでも良くなって。だから話しかけたんだ」
 
「へ、変質者……」
 
 私は香くんの中で変質者枠なのか。
 だけど確かに、香くんから見て私は変質者以外の何者でもなかっただろうと納得する。
 実際、私は香くんについて情報が知りたくて、ストーカーをしていた。
 ええい、この際認めよう。私は香くんのストーカーだった。いや、現在進行形でそうだ。
 押し黙る私に、香くんが「くっ、ふ、はは」と笑った。
 
「賭けをするって決めて。もうすぐ死ぬしどーでもいーやって思ってさ。でも、イオリは思ったより面白かった。あと危ねーんだよな。色々」
 
「あぶ……?」
 
 それは人間としてやばいとか、そういうことだろうか。
 どうしよう。思い当たる節しかない。冷や汗が流れた。
 
「危機感っていうの?危機管理能力、死んでね?お前。よくそれで今まで何事もなく生きてこれたよな。すげー幸運だよ」
 
「そ、そんな言います……?」
 
「だからさ。もっと危機感持ってよ」
 
「え……ええと」
 
 それはどういう意味で言ってるのだろう。
 危機感。危機管理能力。私は人並みにはあると思う。
 ある……と思うんだけど。
 もしかしてそう思っているのは自分だけなのだろうか。
 黙る私に、未だに繋がれたままの手を香くんが引っ張った。
 突然のことに体勢を崩す。
 
「わっ……!?」
 
 そして、頭の後ろに手を差し込まれた。
 驚く間もなく唇にやわらかい感触が当たる。
 
「……!?」
 
 時間が止まったかと思った。
 ゆっくりと唇の熱は離れて、心臓がすごい音で鳴り始める。
 な、何が起こった……?
 
「っ……!っ……、……!」
 
「好きだよ。イオリ。……賭けは、僕の負け」
 
「な、ぁ、な……なっ!」
 
 言葉を失う私に、香くんがこつん、と額を合わせた。
 あまりの距離の近さと、ふわりといい香りがして頭がクラクラした。
 香くんがいつもつけている香水だろうか?
 いい匂いがする。それ以外考えられない。顔が、熱い。驚くほど熱を持っているのがわかった。
 
「だから、そばにいて。……ずっとさ」
 
 呟いた香くんの声に、私は思わず顔を覆った。
 胸の動悸が酷い。こんな、こんなことがあっていいのだろうか。
 信じられない。わああ……!
 顔を覆うと、手のひらに感じる顔はやっぱり熱かった。
 
 
 ☆
 
 
 
 私は、香くんの彼女になった、らしい。
 頷いた後、香くんに抱き締められた。「よっしゃ」と言われてやっぱり心臓が口から飛び出すかと思った。
 
 次の日、香くんと一緒に担当医だという先生の話を聞いたところ、手術が成功したことにより、体の調子は好転しているらしい。
 先生は数値データを印刷したものを香くんに渡し、「このまま治療を続ければ完治も可能でしょう」と告げた。
 
「……!」
 
 完治も、可能……。
 治療法が確立されていないということから、これからも闘病が続くのだろうと思っていた私は言葉を失った。香くんは治るのか。
 これには香くんも驚いたようだ。先生は穏やかな顔をしていた。
 
「もちろん今後も定期的な治療は必要ですが、一年……二年経つ頃には完治が見込まれていると思います。予断は許されませんが……今回の手術と、水瀬さんの体の相性が良かったんでしょう」
 
 香くんは黙っていたけれど、やがてゆっくりと先生に頭を下げた。
 
「……よろしくお願いします」
 
「一緒に頑張りましょう」
 
 先生はそう言って、薬の処方について少し話をした。
 
 そして病室を出ると、私と香くん以外誰もいなくなる。
 
 あと数日、香くんは入院するらしい。
 経過観察も含め、検査結果が出次第、退院するとのことだ。
 先生がいなくなった広い病室で、私はテレビをつけた。
 
 香くんの病気のこと、手術のこと。
 そして、今後のこと。
 考えることはたくさんあった。だけどそれ以上に、完治の見込みがあることがとても嬉しかった。
 
 テレビは今日の天気について報道していた。
 
 ポコン、とスマホから通知音が聞こえて、そういえばずっとスマホを見ていなかったと気づく。
 スマホの画面を見ると、そこには【山田から書類出せって言われたよー。次大学行く時に持って来いだって】と友人からの通知メッセージが入っていた。
 山田とは先生のことだ。そう言えば提出先は山田先生だった。
 そうだ、忘れていたけど、マイナンバーカード!
 私は椅子から慌てて立ち上がって、香くんを見た。香くんは変わらずマスクをして、スマホを操作している。
 
「香くん、私のマイナンバーカード持ってます?コピーして大学に出さなきゃいけなくて」
 
「あー、イオリのマイナンバーカードなら僕の鞄の中」
 
 香くんに言われて、香くんの鞄を探した。
 それはベッドとは離れた引き出しの上に置いてあった。それを掴むと、私はそれを香くんに渡す。
 
「サンキュ」
 
 香くんはそう言って、鞄の内ポケットを開けて、私のマイナンバーカードを出してくれた。それを私に渡してくれる。
 裏面にして渡してくれるのは偶然だろうか……。どちらにせよ、ブサ顔写真の貼られたカードをこれ以上香くんに持たせているわけにはいかない。私は素早く受け取った。こ、これでもうこれ以上あの写真を香くんに見られることはない……!公的写真というのはどうして通常よりも増しで不細工になってしまうのだろう。少しでいい。盛りたい。
 
「イオリは今から大学?」
 
「はい。マイナンバーのコピーを提出して、また来ます」
 
「ありがと。……あーあ、タバコ吸いてぇー」
 
 香くんが突然そんなことを言う。病室は禁煙だ。
 
私は以前、香くんが言っていた言葉を思い出した。
 『体が悪かったからタバコなんて吸ってない』
 そんなことを香くんは言っていたが、実際香くんは病気なのにタバコを吸っていたのだ。
 
 なぜ体がよくないのにタバコを吸っているのか。
 その訳を聞くと、『もう治らない病気だしもう死ぬってわかってたから、どうせなら吸ってみたくなった』と香くんは言っていた。
 ピアスも同様だという。
 なんて自暴自棄なんだ。
 でも、その自暴自棄が、私との出会いにつながった。
 
 ちなみに、いつもマスクを付けている理由は、ただの女除けだという。体調が理由なのではないらしい。
 なんて理由なんだ。
 
 香くんは、私のことを危機感がないと言うが、私は香くんこそ危機感がないと思う。
 一歩間違えたら、この人は結構危なかったんじゃないだろうか。
 変な人と関わっていたり、つるんだり。
 いや、私が変な人という訳では無いけど。私は変な人ではない、はず。うん、きっと、多分。少なくとも借金の保証人とか頼んでないし……。いや、借金もないけど。
 
 香くんはきっと、色々限界だったのだと思う。
 一見平然としているように見えるけど、ご両親のこと。
 遺産のこと。
 親戚のこと。
 病気のこと。
 
 全て自分で対応しなければいけなくて、考えなければいけなくて。
 それで、押しつぶされてしまっていたんだと思う。
 彼は色々なものを背負っている。
 そんな香くんに何か、私に出来ることがあればしてあげたいと思う。
 重荷なのであれば、私も、同じものを背負っていきたい。そう思った。
 
 十一月が終わろうとしていた、冬の日のことだ。
 
 

【完】
< 3 / 3 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

今さら本物の聖女といわれてももう遅い!妹に全てを奪われたので、隣国で自由に生きます
  • 書籍化作品
[原題]勝手に幸せになってれば?

総文字数/19,720

ファンタジー32ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop