俺が必ずこの女を殺す【マンガシナリオ】
第1話
*プロローグ*
○病室(朝7時)
窓の外からピチュピチュと小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
病床で仰向けに横たわる澪奈が瞼を開ける。
澪奈(あれ? 病院…? なんで……)
【ヒロイン・綾瀬澪奈】▶︎17歳。身長150cm。日本人形みたいなサラサラな黒髪。パッチリ二重の瞼。鼻はこじんまりとしている。薄ピンク色の唇は小ぶりで可愛らしい華奢な女の子。
入院着からのぞく腕には無数の点滴。口元には酸素マスク。耳元ではピッピッピッ……と、音が鳴る心電図モニター。混乱する澪奈は頭を必死に動かして状況を理解しようとする。
澪奈(私…怪我でもしたのかな…?えー…何も思い出せな────)
不意に右手に違和感を覚え、恐る恐る視線を動かす澪奈。瞳孔が少しだけ開く。
澪奈(誰かいる……)
澪奈の視界に1人の男(西島柚季)が写り込む。
柚季は澪奈のベッド脇の椅子に腰掛けて、小難しそうな顔をしていた。柚季の視線は澪奈と繋がっている手にある。
そんな柚季をボーと見つめる澪奈。
澪奈(ちょっとかっこいい…)
【ヒーロー・西島柚季】▶︎17歳。身長174cm。前髪が少しだけ目にかかっているパッと見、ミステリアスな空気をまとう少年。ハッキリと浮き出た輪郭。キリッとした顔立ち。それらを緩和させるかのように右目尻には可愛らしい泣きぼくろがある。
澪奈(なんでこんなかっこいい人が私の手を…?)
澪奈の目が覚めた事に気付いていないらしい柚季は、その時。何を思ったのか澪奈と繋いでいる手にぷにょぷにょと力を込めた。
澪奈「……!?」
驚いて酸素マスクの中で口を引き結ぶ澪奈。その間にも柚季は澪奈の手を無心でぷにょぷにょしている。
澪奈(なっ、なんか……っ、かっこいい人にすごく手、ぷにょぷにょされてる……っ!!)
澪奈は声を出そうと口をパクパクするが起きたばかりの為か、声が出ない。
澪奈「……」
澪奈(あぅっ…声がー、出ないよー……)
澪奈は声が出せない代わりに柚季にぷにょぷにょされている右手に少しだけ力を込める。
すると柚季は澪奈の目が覚めた事に気付いてくれたみたいで、そこで初めて2人の目がパチリ、と合う。不安げに瞳を揺らす澪奈と、驚きのままに目を見開いている柚季。
柚季「目…冷めたのか」
澪奈(『うん。ちょっと前に覚めたよ』って言いたいけど声がーぁー…)
落とされた抑揚のない声に、澪奈は何か答えようとするが声が出ない為、必死で口をパクパクさせる。
*プロローグ終了*
○柚季sideに切り替わる。
○道(夕方)
柚季が病院に向かって歩いている。何か強い意志を持っているような力強い眼差し。
〈柚季sideモノローグ〉
────”ダークナイト” という暴走族に属する俺は、この日総長からある任務を受けた。それは…綾瀬澪奈という女を殺すこと。なぜその女を殺さなければならないのか
なぜ殺し屋に依頼しないのか、色々気にはなったが、特に聞かなかった。これは、俺にとって初めて与えられた任務だ。無事この任務を遂行出来れば俺を次の幹部に推薦してやってもいい、との事。俺は、絶対に失敗しない。どこのどいつだか知らないがその女を早いとこ殺して幹部にのし上がる。俺の目的はそれだけだ───────…
〈モノローグ終了〉
○病院前(夜)
病院を見上げる柚季。カバンの中にはちゃぷちゃぷと音を立てる小さな小瓶(劇薬)が。不気味に片方の口角だけを上げて、澪奈を殺す気満々の様子。
柚季(ここが、南田医科大学病院だな)
○303号室の前
【綾瀬澪奈】のネームプレートを確認する柚季。
柚季(さっさと殺してひとつの証拠も残さずに帰ってやる)
病室の扉を開ける柚季。視線の先には、病床でスヤスヤと眠りについている澪奈が。
柚季(いた。女だ)
満足気にゆっくりと澪奈の元に歩み寄る柚季。眠る澪奈の顔を覗き込む。伏せられたまつ毛と、陶器のように白いスベスベそうな肌。まるで眠り姫のようにそこに眠っていた。
柚季(それにしても階段で足を踏み違えて入院、だなんてマヌケな女だ。殺すのは簡単そうだ。よし。女の腕に着いてる点滴をこの毒薬と入れ替えりゃ1発だ。女が目を覚まさないうちに、っと…)
カバンから劇薬を取り出し点滴に差し込もうとしたその時。病室の扉が開いて誰かが入ってきた。たちまち焦った柚季は劇薬をサッ!と身体の後ろに隠す。
看護師「あら?澪奈ちゃんの同級生?」
柚季(なんだ、看護師か……あっぶねー)
柚季「あー…はい。そう、です」
柚季がたどたどしく頷くと看護師は「もしかして……」と言ってうふふ、と笑った。
看護師「彼氏さん?」
柚季「は…っ!?」
ニヤニヤして柚季を見つめる看護師。
柚季(まぁ、いいや。ここは乗っておこう)
柚季「あー…はい。そう、です」
看護師「あらー。あらあらー。」
柚季の顔を穴が空くほど凝視する看護師。そして一言。
看護師「やだ、かっこいいじゃない!あなた!」
柚季「え?マジすか?」
看護師「えぇ!学校でもモテモテでしょう?」
柚季「あははっ、まぁー」
柚季(おー!いいこと言うじゃねぇか!看護師!)
看護師「澪奈ちゃん、早く目を覚ますといいわねぇ。ずっと意識戻らないものね…。でも彼氏さんが来たならすぐ戻っちゃうわね!」
柚季(確か階段から転げ落ちたの1週間前って聞いたけど、まだ、1回も目覚ましてないのか?こいつ。結構重症? 俺がわざわざ殺すまでもないんじゃね?)
看護師「あ!白雪姫みたいに!あなたがキスとかしたら起きるかしらね!?」
柚季「あははー…、ですかね」
柚季(てか話長ぇな、この看護師…。さっさと出てってくれねぇかな)
看護師「あ、そうだ!ここ座って?」
柚季「え?…あ、はい」
看護師に促されるまま、ベッド横のパイプ椅子に腰掛ける柚季。戸惑い気味の柚季と対照的に看護師は何やら楽しそう。
看護師「この子おもしろいのよ。意識戻らないのに手、握ってくるのよ!」
柚季「はい?」
看護師「ほら!こうして…っ」
柚季の手を半ば強引に取った看護師はそのまま、柚季の手を澪奈の手の平に持っていった。澪奈の女のひんやりした手の感覚が柚季の手のひらに走る。
看護師「どう!?ギュ!ってされない?」
柚季(なんだこのハイテンション看護師は…)
柚季「別に……されま…」
その時。澪奈が目をつぶったまま、柚季の手のひらをギュッ!と強く握った。
柚季「うわ!」
看護師「ねっ!されたでしょ!可愛いわよね!」
柚季(いや……可愛い、というより…、力つっよ!!!なんだこいつ!)
振りほどこうとする柚季だったがなかなか振りほどけない。
別の看護師「ちょっとー染谷さんーっ」
看護師「あっ、はーい」
看護師が慌ただしく病室を後にする。病室には手を繋いだ柚季と澪奈だけとなった。病室内はシーンと静まり返っている。
柚季(こいつーーーーーー!!ぜんっぜん手!離さねぇじゃねぇか!!もう!は、な、せ!!)
どれだけ引っ張っても澪奈は一向に柚季の手を離してくれない。病室に掛けられた時計は消灯間際の午後9時55分。
柚季(あぁーーーーー!早く離せよ!)
*1晩経過*
○病室(朝)
窓からは朝日が顔を出していて、小鳥のさえずりがピチュピチュと聞こえてくる。まるでとても清々しい朝がやって来た、かのような描写。窓の外を眺めている柚季。
〈柚季sideモノローグ〉
────そう。俺はこの女と1夜を共にした。
〈モノローグ終了〉
柚季(最近俺、寝不足だったからなぁ…。あれから寝しまったのだ。…って! そうじゃなくて! あぁー!!! 一生の不覚! 俺の殺害計画が…!
視線を落とす柚季。澪奈はまだ柚季の手を掴んで離さない。とても強い力。
柚季(…ったく!コノヤロウ!)
〈柚季sideモノローグ〉
────俺はこの女とあのハイテンション看護師を呪った。
〈モノローグ終了〉
柚季(それにしても…なんかこの女の手…ぷにょぷにょだな。女はみんなこうなのか…?)
次第に怒りから興味に変わっていく柚季は澪奈の手をぷにょぷにょと握ってみた。
柚季(なんかウケる。…って!そんな事はいいんだよ、俺!はぁーー…。もう、計画が台無しだ。昼間殺すと厄介なんだよなぁ……。警備もなんか夜より厳重だし)
ぷにょぷにょしながら項垂れていると、柚季の手のひらに僅かな力が伝わってきた。顔を上げると澪奈が目をパッチリと開けて柚季を見ている。
柚季(うわ、騒がれたらどうしよ! 看護師的には彼氏、ってなってるけど実際違うし!赤の他人だし! もういっそこのまま殺すか!?)
あれこれ考えながらも柚季は平然を装い口を開いた。
柚季「目…覚めたのか」
柚季の問いかけに酸素マスクの中で口をパクパクとさせる澪奈。そんな澪奈の姿に不思議そうに顔を顰める柚季。
柚季(なんだ……? なんか言いたがってる…? みたいだが…よく分かんねぇな…。てか女にしたら1週間ぶりに目覚めた、って事になるのか。生きてる自分に感動でもしてんのかな)
まだパクパクしている澪奈。柚季の頭の中で餌を欲している金魚と澪奈の姿が重なる。
柚季(金魚みたい)
はぁ…、とため息を吐き出す柚季。頭をかいて参っている。
柚季(騒ぎ出さないだけまだマシだが……どーすっかな…)
ガラー、と病室の扉が開き、また誰かが入ってきた。
柚季「……!?」
柚季(昨日の看護師か……!?)
年配の女性「あら?どなた…?」
身構える柚季の視線の先には、看護師ではなく、ダウンジャケットを羽織った40後半ぐらいの年配の女性が立っていた。
柚季(……この女の母親か?)
苦笑いを浮かべ、内心焦る柚季。
柚季「…いや…、、俺はその…」
柚季(やべー。『娘さん殺しに来ました』なんて言える訳ねぇしなぁー…。
軽い絵のタッチで、陽気に柚季が澪奈のお腹をナイフで刺して、血がプシュ!と溢れている姿が過ぎる───────…
柚季「…その…、、」
なんて言おうかと、悩み口ごもっている柚季に、年配の女性は表情をハッ!とさせた。そして何かを思い付いたように首を傾げながら言った。
年配の女性「あ!もしかして…」
言葉の続きに、何となく身構える柚季だったが……
年配の女性「澪奈の彼氏?」
柚季「…え?」
思わぬ質問に拍子抜けする柚季。
柚季(あの看護師に引き続きそんな勘違いを…。しかし…そう思われたのなら再び乗っかろう。なんて都合のいい展開)
柚季「あぁー…、実はそうなんです。…はい。」
年配の女性「やっぱりー!もしかして昨晩はずっと付きっきりで?」
柚季「あぁ〜…まぁ、……」
年配の女性の視線が澪奈に落とされたかと思ったら、女性の瞼がピクっ、と動いた。
年配の女性「あ、れ……?澪奈、目、覚めたの?」
柚季「あ、あぁ、今さっき……」
年配の女性「あら、大変。先生呼ばなきゃ」
年配の女性はナースコールを手にし、担当医を呼んだ。
○病室
白ひげを生やした担当医や昨日の看護師が病室に集まってきて目が覚めたばかりの澪奈を取り囲んでいる。
看護師「澪奈ちゃん、分かるー?」
澪奈「…」
澪奈の容態を医者達が診ている間、その隣で柚季と年配の女性が喋っている。
年配の女性「私?私母親じゃないわよ?」
柚季「え?」
年配の女性「澪奈の両親は澪奈が幼い頃に他界してね。私は澪奈の叔母。まぁ……保護者ね」
担当医「あの、ちょっといいですか」
年配の女性「はい?」
柚季達の会話を遮った担当医は眉間に皺を寄せながら、問診票を眺めて言った。
担当医「澪奈ちゃんどうやら記憶が、ないみたいで」
年配の女性「記憶が?」
看護師「事故の際、頭を強く打ったみたいですからね…」
年配の女性「あら……そうなの…」
医者と叔母の会話を他人事で聞いていた柚季だったが、ふと気になって口を開いた。
柚季「こいつ……、じゃなかった。澪奈。喋れないんすか?」
担当医「あぁ…事故のショックで今は上手く言葉が出ないのかもしれないね」
柚季「へぇ…、そうなんすか」
ここで柚季の中に少しだけ同情心が生まれる。首の後ろに手を当て、切なげに視線を落とす。
柚季(記憶喪失で声出ねぇ、とか、なんか…、……………………………可哀想だな。…って!何これから殺す女に同情してんだ、俺!)
年配の女性「あっ、そうだ! 西島くん、っていったかしらね!?もしよかったらしばらくこの子と過ごしてあげてくれないかしら?」
柚季「え、?は?」
年配の女性「記憶喪失なら、きっとあなたの事も忘れちゃってるでしょう?恋人に忘れられるなんて、そんなの悲しいじゃない…。一緒に過ごしてたら思い出すかもしれないわ」
柚季「いや、でも……過ごす、って…」
年配の女性「体調的には何も問題ないみたいだし、退院したら是非あなたの家で」
柚季「俺の!?」
柚季(この女を引き取れ、と!? なんとも強引でめちゃくちゃな提案だが……もしやこれは…、都合がいいのでは───────?俺はこの女を殺したい。そして、この叔母は、
この女の居所を俺に一任しようとしている。よくよく考えればかなり有利な状況だ。こいつを俺の家に持って帰っていいのなら、そこで殺せば何かと都合がいい)
柚季は表情を一変させ、眉を下げながら答えた。
柚季「そう、ですね…。俺も澪奈に忘れられてしまって悲しいです。是非、そうさせて下さい」
ベッドに不安そうに横たわる澪奈に優しく微笑む柚季。その姿は突如現れた王子様そのもの。澪奈の目は少し輝いている。
柚季「澪奈。一緒に帰ろう」
澪奈「…っ」
柚季(作り笑いも、いかにも優しそうな彼氏感も、もちろん叔母へのパフォーマンス。しかしこいつさえ持って帰れればこっちのもんだ)
年配の女性「優しそうな彼で良かったわ」
柚季「そんなことありませんよ」
○病室(朝7時)
窓の外からピチュピチュと小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
病床で仰向けに横たわる澪奈が瞼を開ける。
澪奈(あれ? 病院…? なんで……)
【ヒロイン・綾瀬澪奈】▶︎17歳。身長150cm。日本人形みたいなサラサラな黒髪。パッチリ二重の瞼。鼻はこじんまりとしている。薄ピンク色の唇は小ぶりで可愛らしい華奢な女の子。
入院着からのぞく腕には無数の点滴。口元には酸素マスク。耳元ではピッピッピッ……と、音が鳴る心電図モニター。混乱する澪奈は頭を必死に動かして状況を理解しようとする。
澪奈(私…怪我でもしたのかな…?えー…何も思い出せな────)
不意に右手に違和感を覚え、恐る恐る視線を動かす澪奈。瞳孔が少しだけ開く。
澪奈(誰かいる……)
澪奈の視界に1人の男(西島柚季)が写り込む。
柚季は澪奈のベッド脇の椅子に腰掛けて、小難しそうな顔をしていた。柚季の視線は澪奈と繋がっている手にある。
そんな柚季をボーと見つめる澪奈。
澪奈(ちょっとかっこいい…)
【ヒーロー・西島柚季】▶︎17歳。身長174cm。前髪が少しだけ目にかかっているパッと見、ミステリアスな空気をまとう少年。ハッキリと浮き出た輪郭。キリッとした顔立ち。それらを緩和させるかのように右目尻には可愛らしい泣きぼくろがある。
澪奈(なんでこんなかっこいい人が私の手を…?)
澪奈の目が覚めた事に気付いていないらしい柚季は、その時。何を思ったのか澪奈と繋いでいる手にぷにょぷにょと力を込めた。
澪奈「……!?」
驚いて酸素マスクの中で口を引き結ぶ澪奈。その間にも柚季は澪奈の手を無心でぷにょぷにょしている。
澪奈(なっ、なんか……っ、かっこいい人にすごく手、ぷにょぷにょされてる……っ!!)
澪奈は声を出そうと口をパクパクするが起きたばかりの為か、声が出ない。
澪奈「……」
澪奈(あぅっ…声がー、出ないよー……)
澪奈は声が出せない代わりに柚季にぷにょぷにょされている右手に少しだけ力を込める。
すると柚季は澪奈の目が覚めた事に気付いてくれたみたいで、そこで初めて2人の目がパチリ、と合う。不安げに瞳を揺らす澪奈と、驚きのままに目を見開いている柚季。
柚季「目…冷めたのか」
澪奈(『うん。ちょっと前に覚めたよ』って言いたいけど声がーぁー…)
落とされた抑揚のない声に、澪奈は何か答えようとするが声が出ない為、必死で口をパクパクさせる。
*プロローグ終了*
○柚季sideに切り替わる。
○道(夕方)
柚季が病院に向かって歩いている。何か強い意志を持っているような力強い眼差し。
〈柚季sideモノローグ〉
────”ダークナイト” という暴走族に属する俺は、この日総長からある任務を受けた。それは…綾瀬澪奈という女を殺すこと。なぜその女を殺さなければならないのか
なぜ殺し屋に依頼しないのか、色々気にはなったが、特に聞かなかった。これは、俺にとって初めて与えられた任務だ。無事この任務を遂行出来れば俺を次の幹部に推薦してやってもいい、との事。俺は、絶対に失敗しない。どこのどいつだか知らないがその女を早いとこ殺して幹部にのし上がる。俺の目的はそれだけだ───────…
〈モノローグ終了〉
○病院前(夜)
病院を見上げる柚季。カバンの中にはちゃぷちゃぷと音を立てる小さな小瓶(劇薬)が。不気味に片方の口角だけを上げて、澪奈を殺す気満々の様子。
柚季(ここが、南田医科大学病院だな)
○303号室の前
【綾瀬澪奈】のネームプレートを確認する柚季。
柚季(さっさと殺してひとつの証拠も残さずに帰ってやる)
病室の扉を開ける柚季。視線の先には、病床でスヤスヤと眠りについている澪奈が。
柚季(いた。女だ)
満足気にゆっくりと澪奈の元に歩み寄る柚季。眠る澪奈の顔を覗き込む。伏せられたまつ毛と、陶器のように白いスベスベそうな肌。まるで眠り姫のようにそこに眠っていた。
柚季(それにしても階段で足を踏み違えて入院、だなんてマヌケな女だ。殺すのは簡単そうだ。よし。女の腕に着いてる点滴をこの毒薬と入れ替えりゃ1発だ。女が目を覚まさないうちに、っと…)
カバンから劇薬を取り出し点滴に差し込もうとしたその時。病室の扉が開いて誰かが入ってきた。たちまち焦った柚季は劇薬をサッ!と身体の後ろに隠す。
看護師「あら?澪奈ちゃんの同級生?」
柚季(なんだ、看護師か……あっぶねー)
柚季「あー…はい。そう、です」
柚季がたどたどしく頷くと看護師は「もしかして……」と言ってうふふ、と笑った。
看護師「彼氏さん?」
柚季「は…っ!?」
ニヤニヤして柚季を見つめる看護師。
柚季(まぁ、いいや。ここは乗っておこう)
柚季「あー…はい。そう、です」
看護師「あらー。あらあらー。」
柚季の顔を穴が空くほど凝視する看護師。そして一言。
看護師「やだ、かっこいいじゃない!あなた!」
柚季「え?マジすか?」
看護師「えぇ!学校でもモテモテでしょう?」
柚季「あははっ、まぁー」
柚季(おー!いいこと言うじゃねぇか!看護師!)
看護師「澪奈ちゃん、早く目を覚ますといいわねぇ。ずっと意識戻らないものね…。でも彼氏さんが来たならすぐ戻っちゃうわね!」
柚季(確か階段から転げ落ちたの1週間前って聞いたけど、まだ、1回も目覚ましてないのか?こいつ。結構重症? 俺がわざわざ殺すまでもないんじゃね?)
看護師「あ!白雪姫みたいに!あなたがキスとかしたら起きるかしらね!?」
柚季「あははー…、ですかね」
柚季(てか話長ぇな、この看護師…。さっさと出てってくれねぇかな)
看護師「あ、そうだ!ここ座って?」
柚季「え?…あ、はい」
看護師に促されるまま、ベッド横のパイプ椅子に腰掛ける柚季。戸惑い気味の柚季と対照的に看護師は何やら楽しそう。
看護師「この子おもしろいのよ。意識戻らないのに手、握ってくるのよ!」
柚季「はい?」
看護師「ほら!こうして…っ」
柚季の手を半ば強引に取った看護師はそのまま、柚季の手を澪奈の手の平に持っていった。澪奈の女のひんやりした手の感覚が柚季の手のひらに走る。
看護師「どう!?ギュ!ってされない?」
柚季(なんだこのハイテンション看護師は…)
柚季「別に……されま…」
その時。澪奈が目をつぶったまま、柚季の手のひらをギュッ!と強く握った。
柚季「うわ!」
看護師「ねっ!されたでしょ!可愛いわよね!」
柚季(いや……可愛い、というより…、力つっよ!!!なんだこいつ!)
振りほどこうとする柚季だったがなかなか振りほどけない。
別の看護師「ちょっとー染谷さんーっ」
看護師「あっ、はーい」
看護師が慌ただしく病室を後にする。病室には手を繋いだ柚季と澪奈だけとなった。病室内はシーンと静まり返っている。
柚季(こいつーーーーーー!!ぜんっぜん手!離さねぇじゃねぇか!!もう!は、な、せ!!)
どれだけ引っ張っても澪奈は一向に柚季の手を離してくれない。病室に掛けられた時計は消灯間際の午後9時55分。
柚季(あぁーーーーー!早く離せよ!)
*1晩経過*
○病室(朝)
窓からは朝日が顔を出していて、小鳥のさえずりがピチュピチュと聞こえてくる。まるでとても清々しい朝がやって来た、かのような描写。窓の外を眺めている柚季。
〈柚季sideモノローグ〉
────そう。俺はこの女と1夜を共にした。
〈モノローグ終了〉
柚季(最近俺、寝不足だったからなぁ…。あれから寝しまったのだ。…って! そうじゃなくて! あぁー!!! 一生の不覚! 俺の殺害計画が…!
視線を落とす柚季。澪奈はまだ柚季の手を掴んで離さない。とても強い力。
柚季(…ったく!コノヤロウ!)
〈柚季sideモノローグ〉
────俺はこの女とあのハイテンション看護師を呪った。
〈モノローグ終了〉
柚季(それにしても…なんかこの女の手…ぷにょぷにょだな。女はみんなこうなのか…?)
次第に怒りから興味に変わっていく柚季は澪奈の手をぷにょぷにょと握ってみた。
柚季(なんかウケる。…って!そんな事はいいんだよ、俺!はぁーー…。もう、計画が台無しだ。昼間殺すと厄介なんだよなぁ……。警備もなんか夜より厳重だし)
ぷにょぷにょしながら項垂れていると、柚季の手のひらに僅かな力が伝わってきた。顔を上げると澪奈が目をパッチリと開けて柚季を見ている。
柚季(うわ、騒がれたらどうしよ! 看護師的には彼氏、ってなってるけど実際違うし!赤の他人だし! もういっそこのまま殺すか!?)
あれこれ考えながらも柚季は平然を装い口を開いた。
柚季「目…覚めたのか」
柚季の問いかけに酸素マスクの中で口をパクパクとさせる澪奈。そんな澪奈の姿に不思議そうに顔を顰める柚季。
柚季(なんだ……? なんか言いたがってる…? みたいだが…よく分かんねぇな…。てか女にしたら1週間ぶりに目覚めた、って事になるのか。生きてる自分に感動でもしてんのかな)
まだパクパクしている澪奈。柚季の頭の中で餌を欲している金魚と澪奈の姿が重なる。
柚季(金魚みたい)
はぁ…、とため息を吐き出す柚季。頭をかいて参っている。
柚季(騒ぎ出さないだけまだマシだが……どーすっかな…)
ガラー、と病室の扉が開き、また誰かが入ってきた。
柚季「……!?」
柚季(昨日の看護師か……!?)
年配の女性「あら?どなた…?」
身構える柚季の視線の先には、看護師ではなく、ダウンジャケットを羽織った40後半ぐらいの年配の女性が立っていた。
柚季(……この女の母親か?)
苦笑いを浮かべ、内心焦る柚季。
柚季「…いや…、、俺はその…」
柚季(やべー。『娘さん殺しに来ました』なんて言える訳ねぇしなぁー…。
軽い絵のタッチで、陽気に柚季が澪奈のお腹をナイフで刺して、血がプシュ!と溢れている姿が過ぎる───────…
柚季「…その…、、」
なんて言おうかと、悩み口ごもっている柚季に、年配の女性は表情をハッ!とさせた。そして何かを思い付いたように首を傾げながら言った。
年配の女性「あ!もしかして…」
言葉の続きに、何となく身構える柚季だったが……
年配の女性「澪奈の彼氏?」
柚季「…え?」
思わぬ質問に拍子抜けする柚季。
柚季(あの看護師に引き続きそんな勘違いを…。しかし…そう思われたのなら再び乗っかろう。なんて都合のいい展開)
柚季「あぁー…、実はそうなんです。…はい。」
年配の女性「やっぱりー!もしかして昨晩はずっと付きっきりで?」
柚季「あぁ〜…まぁ、……」
年配の女性の視線が澪奈に落とされたかと思ったら、女性の瞼がピクっ、と動いた。
年配の女性「あ、れ……?澪奈、目、覚めたの?」
柚季「あ、あぁ、今さっき……」
年配の女性「あら、大変。先生呼ばなきゃ」
年配の女性はナースコールを手にし、担当医を呼んだ。
○病室
白ひげを生やした担当医や昨日の看護師が病室に集まってきて目が覚めたばかりの澪奈を取り囲んでいる。
看護師「澪奈ちゃん、分かるー?」
澪奈「…」
澪奈の容態を医者達が診ている間、その隣で柚季と年配の女性が喋っている。
年配の女性「私?私母親じゃないわよ?」
柚季「え?」
年配の女性「澪奈の両親は澪奈が幼い頃に他界してね。私は澪奈の叔母。まぁ……保護者ね」
担当医「あの、ちょっといいですか」
年配の女性「はい?」
柚季達の会話を遮った担当医は眉間に皺を寄せながら、問診票を眺めて言った。
担当医「澪奈ちゃんどうやら記憶が、ないみたいで」
年配の女性「記憶が?」
看護師「事故の際、頭を強く打ったみたいですからね…」
年配の女性「あら……そうなの…」
医者と叔母の会話を他人事で聞いていた柚季だったが、ふと気になって口を開いた。
柚季「こいつ……、じゃなかった。澪奈。喋れないんすか?」
担当医「あぁ…事故のショックで今は上手く言葉が出ないのかもしれないね」
柚季「へぇ…、そうなんすか」
ここで柚季の中に少しだけ同情心が生まれる。首の後ろに手を当て、切なげに視線を落とす。
柚季(記憶喪失で声出ねぇ、とか、なんか…、……………………………可哀想だな。…って!何これから殺す女に同情してんだ、俺!)
年配の女性「あっ、そうだ! 西島くん、っていったかしらね!?もしよかったらしばらくこの子と過ごしてあげてくれないかしら?」
柚季「え、?は?」
年配の女性「記憶喪失なら、きっとあなたの事も忘れちゃってるでしょう?恋人に忘れられるなんて、そんなの悲しいじゃない…。一緒に過ごしてたら思い出すかもしれないわ」
柚季「いや、でも……過ごす、って…」
年配の女性「体調的には何も問題ないみたいだし、退院したら是非あなたの家で」
柚季「俺の!?」
柚季(この女を引き取れ、と!? なんとも強引でめちゃくちゃな提案だが……もしやこれは…、都合がいいのでは───────?俺はこの女を殺したい。そして、この叔母は、
この女の居所を俺に一任しようとしている。よくよく考えればかなり有利な状況だ。こいつを俺の家に持って帰っていいのなら、そこで殺せば何かと都合がいい)
柚季は表情を一変させ、眉を下げながら答えた。
柚季「そう、ですね…。俺も澪奈に忘れられてしまって悲しいです。是非、そうさせて下さい」
ベッドに不安そうに横たわる澪奈に優しく微笑む柚季。その姿は突如現れた王子様そのもの。澪奈の目は少し輝いている。
柚季「澪奈。一緒に帰ろう」
澪奈「…っ」
柚季(作り笑いも、いかにも優しそうな彼氏感も、もちろん叔母へのパフォーマンス。しかしこいつさえ持って帰れればこっちのもんだ)
年配の女性「優しそうな彼で良かったわ」
柚季「そんなことありませんよ」