隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。
私には、現在進行形系で大きな悩みがあります。
家から歩いて20分の高校に入学して早一ヶ月半。
可もなく不可もない、至って平穏で筒がなく送っていた高校生活を脅かす存在。
“それ“は、唐突に襲来したのです。
☺︎
朝のホームルームが始まる二分前。
挨拶行き交う教室の窓側の席の、一番端っこが私の定位置です。読みかけの文庫本を広げて、先生がくるのをただ待つのみです。
ふと、隣を伺うと、まだ誰もいません。
いよいよ一分前になって、談笑していたクラスメイトたちが各々の席に戻り始めたその時、がらっと唐突に教室のドアが開きます。
私は本に熱中していて、クラスメイトたちのざわめきに全く気づいていませんでした。
遅刻ギリギリで走ってきたのか、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返しながら、彼は空席だった隣の席に着席しました。
「倉橋さん、おはよう」
ここら辺では聞かない独特なイントネーションで、挨拶してきました。
あいにく、このクラスで友人と呼べる人間は私にはいないので、こんなふうに気安く話しかけてくる人物は1人しかいません。
私は読んでいた本をパタンと閉じて、顔をあげました。
一応は挨拶を返すべきかと、口を開いたまま固まりました。
馬でした。
見紛うことなく、馬でした。
私の隣に馬が着席していました。
今にもヒヒンと聞こえてきそうです。
いえ、気が動転してしまいましたが、正確に言うならば馬の被り物を被った、隣の席の人です。
しばらく馬と顔を付き合わせるという摩訶不思議体験の最中、ホームルーム始めるぞーと教室に入ってきた担任の声でハッと我に帰ります。
先生の視線が、私の隣人に向けられます。一瞬ポカンとした顔になりますが、またかと言いたげにため息をつきます。
「坂本、今日は一段と視界が悪そうだな」
「息もし辛いです」
「……、そうか」
その後何も注意することなく点呼が始まりました。クラスメイトも慣れた様子でこちらに向いていた身体を向き直します。
隣人も一言も発せず馬のマスクを取りました。
乱れた髪を雑にバサバサ手で払う隣人へ、一言。
「よかったですね、通報されなくて」
「職質はされたで」
手遅れだった。
「二回」
……だから遅刻ギリギリだったんですね。
口に出すまいと言葉を飲み込みました。
彼こそが私の平穏な高校生活を脅かす存在。
それこそが、坂本侑という隣人なのです。