隣の席の坂本くんが今日も私を笑わせてくる。
彼女の笑う顔が、好きだ。
その顔を見るたびに心臓は爆発するんじゃないかってくらい鼓動を打つ。胸が苦しくなって、他のものなんて何も見えなくなってしまう。
笑み一つで、彼女は俺を翻弄する。
それが悔しいと、思う。
けれど一方で、心のどこかでは、翻弄されるのも悪くないとすら思ってしまっている、どうしようもない自分がいる。
「せっかくなので、植物園の中、見て回りませんか?」
「……うん」
彼女が歩く少し後ろに、俺もついて回る。
ほんのりと甘い花の香りに包まれた温室で響くのは、彼女の軽やかな足音と、俺の足音だけ。
歩くたび揺れる艶やかな髪の隙間から、白くてまろい頬がちらり、ちらり、と覗く。
名も知らない薄紫の首を垂れた花を眺める彼女の澄んだ瞳へ自然と視線が吸い寄せられる。
ふと、思い至って俺はスマホのカメラを彼女に気づかれないように向けた。
カメラ越しの彼女が、花を愛でる瞳にすら嫉妬している俺は、もう救えない。
ああ。
少しでも構わないから、俺へ向いてくれないだろうかと、乞う。
こっち、向いて。
俺を、見て。
……俺だけに、笑って。
その時、彼女がこちらを振り向いた。
「綺麗ですね、」
カシャ。
ほんの一瞬。透き通るような白い肌に淡い朱色の頬に微笑みを携えた、彼女の姿を一枚のフレームに収めた。
「……うん。すごく、」
倉橋さんは、こてんと可愛らしく首を傾げて俺のスマホを指差した。
「……今、私のこと撮りませんでしたか?」
「……撮ってへんよ」
倉橋さんの手が俺のスマホに伸びて、思わずスマホを持つ手を背中に隠す。
「やめてください。写真写り悪いんです、私」
「そんなことないよ」
「はあ、もう。行きますよ」
俺の言葉には、何にも響かなかったのか、彼女は呆れたとでも言いたげにため息を吐いて、先へ進んでいってしまう。
「ちょお、待って。倉橋さん」
「勝手に写真撮るようなひとのことは知りません。絶対消してもらいますから」
「そっ、それだけは勘弁して!」
この植物園で咲くどんな花より──きみの方が、一等綺麗だと、思う。
そんなこと、口に出して言える勇気はないけれど。