女嫌いなはずの御曹司が、庶民の私を離しそうにない。



転んだのが、グループの中でも何も持っていない子だったらまだ良かった。


だけど残念ながらそうではなく。

転んだ彼女は、数人分のお茶が入ったカップの載ったトレイを運んでいた。


その瞬間は、全てがスローモーションに見えた。


転ぶ彼女の手からトレイが滑り落ち、カップは投げ出されて空を舞う。中に入っていた液体はそれよりさらに大きく飛び……。




「あっ……」




一人の生徒のワイシャツを染め上げた。


その不幸なもらい事故に遭ったアンラッキーパーソンは──なんとなんと、よりにもよって加賀見先輩だった。




「あ、あ、ごめんなさい……あの、あ、どうしたら……」




紅茶を運んでいた女の子は、泣きそうな顔でハンカチを取り出し、どう見ても手遅れな染みを拭き取ろうとする。

見ているこちらも何だか冷や冷やする状況だけど、ハンカチを持った彼女が加賀見先輩に触れようとした瞬間、私には別の焦りも生まれた。



< 38 / 153 >

この作品をシェア

pagetop