離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
 その後は花嫁の手紙にも無事に間に合い、式は感動に包まれたままお開きとなった。

 いい式だったなと良い余韻に浸りながら、帰宅の途につこうとした時、果菜を呼び止める母親の声が聞こえた。
 そして、今。

 そのまま母親と、その隣にお飾りのような父親に連行されるようにして、ホテルのラウンジで両親と向かい合っていた。

 帰る前にお茶に付き合えと言われて連れてこられた訳だが、母親の常にない強引さになんだかとても嫌な予感がしていた。

「こんな素敵なホテルで結婚式をあげるなんて、優香ちゃんのお相手は本当に立派よねえ」

 しみじみと言いながら母親がコーヒーカップを手に取る。果菜は曖昧に頷いた。

(別に結婚式にかかるお金のすべてを相手が出してるとも限らないと思うんだけど……まあ突っ込むとまた煩そうだから別にいいか)

 一を言えば十返ってくる。
 果菜の母親はそういう性格だ。父親も決して無口な人間な訳ではないが、そういう母親だから、いちいち何かを言うのが面倒になったのだろう。最近はめったに口を挟まなくなっていた。

 母親はいかにも「田舎の気の良いおばちゃん」といった見た目をしている。背は低く、体つきは全体的に丸い。目元には皺が浮かぶが、血色は良く頬はツヤツヤとしていた。

 そのふっくらした輪郭の中にあるくりっとした瞳を何度か瞬くと、母親は果菜をまっすぐ見て口を開いた。

「確認だけど、果菜はお付き合いしている人は本当にいないのね?」

「うんまあいないけど……」

 小さな声でもごもごと返事をしながら、何を言われるんだろうと頭の中で可能性を考えていた果菜は一瞬それに気付くのが遅れた。
 母親は結婚式には不釣り合いな大きさの手提げバッグを持っていた。そこから何かパンフレットのようなものを数冊取り出してテーブルの上に置いた。

「なにこれ?」

 出されたものがピンとこなかった果菜は首を傾ける。表紙は白で何も書いてなかった。

「あなた宛てのお見合い写真。みんなしっかりとした方ばかりよ」

「えっ」

 どうだと言わんばかりの顔で微笑んだ母親を見て、果菜は目をまん丸に見開く。

 前々から見合いを勧めてきた母だったが、まさか優香の結婚式の日に、果菜への見合い写真を持ってきているとは思わず、あまりの驚きに言葉を失ってしまう。

「せっかく良いお話をいくつかいただいているのに、見に来いって何度も言ってるのに全然帰ってこないから、持ってきてあげたわよ。ほら、とりあえず見てみて」

「ま、待ってよ」

 やっとのことでそう口にした果菜は慌てて言葉を継いだ。

「私は、別に今結婚したいとは」

「何言ってるの」

 言い終わらない内に母親の声がかぶさる。きっと目つきを鋭くさせると、母親は果菜に口を挟む余地を与えず、言葉を続けた。

「もうすぐ三十歳なのよ。子どものことを考えたらもう遅いぐらいだわ。相手の身元がしっかりわかっているというのはとても大切なの。育ちやご家庭の状況も把握できるし、人柄も保証してくれるのよ。その中から選べるのだからこんなにいいことはないじゃない」

 畳み掛けるように言われて、果菜はどう返答したらいいものかと困ってしまう。体よく断りたい。しかし、母親の様子を見るに、果菜がお見合い写真を見るまでは解放してはくれなさそうだ。

「……お母さんの言うこともわかるけど、結婚相手は自分で選びたい」

「選べばいいじゃない。この中から。素敵な方ばかりだと言ったでしょ。果菜だってきっと気に入るわ。ほらこの人とかハンサムでしょ」

 お見合い写真の中から一枚選ぶと、母親は表紙をめくって、そこに写る男性の写真を見せながらうんうんと頷いた。
 確かにそこには、精悍な顔立ちで爽やかなルックスの一人の男性が写っていた。

「……ちょっと考えさせて」

 果菜はなるべく真剣な表情を作って言った。

 別に写真を見てお見合いに乗り気になった訳では決してない。
 この押しの強い母に、どんな言い訳を並べたところで、決して引くことはないだろうと思ったからだ。

 それは過去の経験から痛いほどわかっていた。昔から、こうと決めたら突っ走る母だった。
 だから、ここは一旦受け入れそうな雰囲気を出すのが一番得策だと果菜は考えた。

(しばらく、実家には顔出せないな……)

 こうなった以上、諦めるか他のことに気が逸れるまで母親のことを避け続けるしか果菜に残された道はない。次に母親に捕まったら最後、強引に見合いに持ち込まれそうだ。
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