離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
 果菜はちらりと母親を見た。

 そして、何か言いたげに今にも口を開こうとした母親に先んじるように、母親が差し出していた写真を素早く手に取ると、じゃ、と手を上げた。

「話は終わったよね。私、この後予定あるから行くね。ここは払っておくから、お母さんたちはゆっくりして」

 伝票を手に取ると、有無を言わせずに果菜は腰を浮かす。それを見た母親が慌てたように言った。

「ちょっと、待ちなさい! まだ話は終わってないわよ」

「ごめん。人と約束してるの忘れてた。大体さ、今すぐ決められることじゃないよ。家でじっくり考えるから」

「あんたはもう、そうやっていつものらりくらりとして……そんなにのんびりしていられないでしょ。大事なことなのよ!」

 興奮しているのか、顔を赤くした母親が、今にも立ち上がりそうな勢いで捲し立てる。
 それに対し、果菜はへらりと笑った。

「大事なことだから、ゆっくり考えたいの。ごめんねお母さん。また連絡するから。お父さんもまたね」

 それだけ言うと、すぐにくるりと踵を返す。背後から大きなため息と「まったくあの子は」「お父さんも黙ってないで何か言ってよ」と負け惜しみのようにぶつぶつ言う声が追ってくるが果菜は構わずまっすぐにレジまで進んだ。

 伝票を渡して素早く会計を済ます。
 さっさとここから出ようと振り返った瞬間、「果菜!」と大きな声で名前を呼びながら、母親が小走りにこっちに向かってくるのが目に入った。

(え、追ってきた!?)

 それを見た果菜の表情が凍り付く。

 今度は何を思いついたんだと内心焦っていると、果菜の前まできた母親が、どん、と手に持っているものを胸に押し付けてきた。

 よく見てみれば、それは、先ほどテーブルの上にどーんと出されたお見合い写真の束であった。

「なんで一つしか持っていかないの! せっかくこんなにお話がきてるんだから、全員に目を通しなさい。もしかしてこの中にいい人がいるかもしれないでしょ。言っておくけど、まだ二十代だからこうやってお話がくるのよ。今の内じゃないと選べないんだから」

 絶対に逃がさないという決意が滲む表情で、母親はお見合い写真をぐいぐい押し付けてくる。

「わ、わかったから」

 果菜は苦笑いを浮かべながら、それをしぶしぶ受け取った。脇に抱えるようにして持っていた最初の一冊と重ねて胸に抱えるようにする。

 あわせると全部で五から六冊はあるだろうか。よくここまで集めたものだと、一瞬、状況も忘れて感心してしまう。

(きっと、ご近所で色々な人に声をかけまくったんだろうな……)

 考えると遠い目になってしまう。人から人のネットワークがやたらと発達している町なので、果菜がお見合い相手を探していることは、今頃町の人の間では周知の事実になっているのだろう。

「しっかりと持って帰ってちゃんと全員見るのよ」

「わかった」

「見て、どの人とお見合いするか決めたら絶対に連絡頂戴ね」

「……わかった、もう行くね」

 考える、としか言ってないのに、誰かとお見合いすることが前提となっていることが気になったが、ここで反論したらまた元の木阿弥だ。

 果菜はそう考えて、母親の念押しに対して自分の気持ちをぐっと押し込めて頷いてみせてから、今度こそラウンジの出口に足を向けた。

 ラウンジはロビーに隣接していた。ロビーに出てすぐにホテルの出入り口が目に入る。そちらに向かおうとした果菜は、あることに気付いてぴたりと足を止めた。

 出入り口付近に知った顔が何人も立っていることに気付いたのだ。

 それは、結婚式に一緒に出席していた、親戚たちだった。果菜の母は優香の母以外に兄妹がいて、優香には果菜たち姉妹以外にも従兄がいる。

どうやら、結婚式が終わったあと、みんなでロビーで立ち話をしているらしい。

(まだ帰ってなかったの? ……あそこ通るのいやだなあ)

 果菜は胸に抱えていたお見合い写真の束を抱え直した。
 今はまだ果菜のことに気付かれていないが、距離的にそこまで離れていないので、一度視界に入れば、果菜が胸に抱えているものの存在にまで気付かれてしまうかもしれなかった。

(そしたら絶対何か言われるよなあ……)

 果菜が結婚しないことを母親が嘆いていることは親戚たちも知っているだろう。もしそのことで捕まってそこに母親までも来たら……。

 果菜は背後をちらっと窺った。

 母親のことだから、頼んだ飲み物を全部飲むまでは出てこないはずだ。しかし、どこまで時間はあるかはわからない。

 一瞬の間に頭に色々な考えが過る。その次の瞬間、果菜はくるりと踵を返して、出入口とは反対側に足を向けた。
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