離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
「い、いやそんな大役をこんなに適当に決めていいんですか⁉ もっとふさわしい人がいると思います!」
廊下を歩く短い間で簡潔にわかりやすく今までの経緯を説明された果菜は、遼の頼みごとの内容を察して悲鳴のような声をあげた。
レストランの入り口に着いたところだったので、遼は果菜の方をちらりと見ただけでそれには答えずに、「ここで待っていて」と言って受付の方に行ってしまった。
そして、受付で何かを話したあと、持っていたお見合い写真をそこに預けて果菜のところに戻ってきた。
「母はまだ帰っていないみたいだから、行こう」
「いや私の話聞いてました⁉」
取り合う様子のない遼に果菜の声はたまらず大きくなってしまう。
しかしそれでも遼は平然としていた。
「別にちょうどいいところで会ったからとかではなく、俺は夏原さんが適任だと思ったからお願いしている」
話しながら促されるように背中を押されて、果菜はつい一歩を踏み出してしまう。そのまま誘導されて進まなければならなくなってしまった果菜は、仕方なく歩きながら遼に訴えた。
「そ、そんなこと、信じられないです。だって私たちって数回しか会ったことないんですよ。しかも、来社された芦沢専務を社長室までお連れしただけで、話したこともほとんどないのに!」
「母の前では名前で呼んで欲しい。遼だ。夏原さんの下の名前は?」
「え? えっと、果菜です。……ってそうじゃなくて! 全然人の話聞いてないな! いやいや、本当に私を彼女として紹介するつもりなんですか?」
すごい勢いで話を進められていることが怖くなって、果菜は思わず焦ったような声を出した。
レストランの中はホテルの中とは思えないほど凝った内装になっていて、回廊風の廊下のようなところを歩き、気付けば、どこかの扉の前まで到着していた。
繊細なデザインの美しい装飾ガラスがはめ込まれた重厚な雰囲気漂う扉の前で、遼は一旦立ち止まると、果菜を見た。
「君は常識的な考えができる真面目な人間だ。しかも異性に対して、容姿や肩書に惑わされず、理性的な判断ができる。確かに数回しか会ったことはないが、その少しの間でもそれが十分にわかった。それが、俺が夏原さんを適任だと思った理由だ」
落ち着いたそうトーンで話すと、遼は果菜の返答を待たず、扉をノックした。
「夏原さんは隣にいてくれるだけでいい。話を合わせてくれたら十分なお礼はするし、他にも俺ができることはする」
言い終わるとすぐに遼は扉を開けた。
「待って」と言おうとした果菜であったが、仕方なく言葉を呑み込むしかない。
そして、その個室の中で物憂げな顔で一人、ティーカップを口に運んでいた遼の母親と相対することになったのだ。
「はじめまして。突然に申し訳ありません。夏原と申します」
遼の母親の探るような視線を全身に浴びて、果菜は仕方なく口を開いた。
(これ絶対不審がられてるでしょ……! いきなり無理あるって。しかも私、結婚式用のドレス着てるし)
果菜の今日の格好はデコルテと肩の部分にレースがあしらわれた紺のワンピースである。年齢も年齢なのでそんなに華美なドレスではないが、ちょっと用事があってその辺にいた、という格好ではない。
(いやでもお金持ちの人たちにとっては、このぐらいが普段着とか? うーん、全然感覚がわからない!)
やっぱりどう考えても無理がある。
そんなことを考えながらも、果菜は控えめな笑みを浮かべて事の成り行きを見守った。
かなり強引に連れてこられた訳だが、それでも果菜の立場からはこの場をぶち壊すようなことはできない。
「……わかったわ」
果菜がハラハラとする中、遼の母親は一言そう言って、ふっと息を吐いた。
「本当にお付き合いしているのね?」
「ああ」
母親の念押しに遼は平然とした顔で頷いた。
「結婚するのよね?」
「もちろん」
「あなたのことだから、身元はちゃんと改めているのでしょう? もうこの際細かいことは言わないけれど、お身内含めて、その辺はちゃんとクリーンね?」
「当たり前だ。彼女に懸念点はない」
「……じゃあ、反対する理由はないわ」
(えっ)
満足そうに笑みを浮かべた遼とは反対に、果菜は思わず驚きに目を見開いた。
遼に比べると、自分は平社員の庶民だ。どう考えても釣り合いが取れない。
だからなんだかんだ言っても認められることはないと、どこかで高をくくっていたのだ。
果菜の背中を嫌な汗が滑り落ちた。
「不躾な態度をとってしまってごめんなさい」
「い、いえ……」
極めつけに遼の母親に謝られて、果菜はどう答えていいのか困ってしまう。
息子がいきなり得体の知れない女を連れてきたのだ。訝しく思うのも当然だろうと果菜は思う。
遼の母親は全身から気品が漂う、上品な女性だった。遼は母親似らしく、年相応の皺はあるが、かなりの美人だ。その整った顔でにこりと微笑んだ。
「遼もいい年なのに、結婚をいやがっていたら私たちとても困っていたの。あなたのおかげで結婚に前向きになってくれたみたい。感謝するわ。本当にありがとう」
(……えええ)
どうやら遼の母親の結婚に対する焦りは相当なものだったようだ。つまりは結婚してくれるなら相手について、最低限の条件をクリアしていれば、もう誰でもいいというところまできていたのだろう。
そこまで切羽詰まった状況だったなんて。
遼の母親の口ぶりからそう察した果菜は愕然となった。頭の中に、騙された! という言葉が浮かぶ。
これまでの状況からすると、遼は当然この展開になることをわかっていたはず。けれど、果菜には言わなかった。
(な、なんか大変なことになってしまった……)
果菜は遼の母親に、引き攣った笑いを返すことしかできなかった。
廊下を歩く短い間で簡潔にわかりやすく今までの経緯を説明された果菜は、遼の頼みごとの内容を察して悲鳴のような声をあげた。
レストランの入り口に着いたところだったので、遼は果菜の方をちらりと見ただけでそれには答えずに、「ここで待っていて」と言って受付の方に行ってしまった。
そして、受付で何かを話したあと、持っていたお見合い写真をそこに預けて果菜のところに戻ってきた。
「母はまだ帰っていないみたいだから、行こう」
「いや私の話聞いてました⁉」
取り合う様子のない遼に果菜の声はたまらず大きくなってしまう。
しかしそれでも遼は平然としていた。
「別にちょうどいいところで会ったからとかではなく、俺は夏原さんが適任だと思ったからお願いしている」
話しながら促されるように背中を押されて、果菜はつい一歩を踏み出してしまう。そのまま誘導されて進まなければならなくなってしまった果菜は、仕方なく歩きながら遼に訴えた。
「そ、そんなこと、信じられないです。だって私たちって数回しか会ったことないんですよ。しかも、来社された芦沢専務を社長室までお連れしただけで、話したこともほとんどないのに!」
「母の前では名前で呼んで欲しい。遼だ。夏原さんの下の名前は?」
「え? えっと、果菜です。……ってそうじゃなくて! 全然人の話聞いてないな! いやいや、本当に私を彼女として紹介するつもりなんですか?」
すごい勢いで話を進められていることが怖くなって、果菜は思わず焦ったような声を出した。
レストランの中はホテルの中とは思えないほど凝った内装になっていて、回廊風の廊下のようなところを歩き、気付けば、どこかの扉の前まで到着していた。
繊細なデザインの美しい装飾ガラスがはめ込まれた重厚な雰囲気漂う扉の前で、遼は一旦立ち止まると、果菜を見た。
「君は常識的な考えができる真面目な人間だ。しかも異性に対して、容姿や肩書に惑わされず、理性的な判断ができる。確かに数回しか会ったことはないが、その少しの間でもそれが十分にわかった。それが、俺が夏原さんを適任だと思った理由だ」
落ち着いたそうトーンで話すと、遼は果菜の返答を待たず、扉をノックした。
「夏原さんは隣にいてくれるだけでいい。話を合わせてくれたら十分なお礼はするし、他にも俺ができることはする」
言い終わるとすぐに遼は扉を開けた。
「待って」と言おうとした果菜であったが、仕方なく言葉を呑み込むしかない。
そして、その個室の中で物憂げな顔で一人、ティーカップを口に運んでいた遼の母親と相対することになったのだ。
「はじめまして。突然に申し訳ありません。夏原と申します」
遼の母親の探るような視線を全身に浴びて、果菜は仕方なく口を開いた。
(これ絶対不審がられてるでしょ……! いきなり無理あるって。しかも私、結婚式用のドレス着てるし)
果菜の今日の格好はデコルテと肩の部分にレースがあしらわれた紺のワンピースである。年齢も年齢なのでそんなに華美なドレスではないが、ちょっと用事があってその辺にいた、という格好ではない。
(いやでもお金持ちの人たちにとっては、このぐらいが普段着とか? うーん、全然感覚がわからない!)
やっぱりどう考えても無理がある。
そんなことを考えながらも、果菜は控えめな笑みを浮かべて事の成り行きを見守った。
かなり強引に連れてこられた訳だが、それでも果菜の立場からはこの場をぶち壊すようなことはできない。
「……わかったわ」
果菜がハラハラとする中、遼の母親は一言そう言って、ふっと息を吐いた。
「本当にお付き合いしているのね?」
「ああ」
母親の念押しに遼は平然とした顔で頷いた。
「結婚するのよね?」
「もちろん」
「あなたのことだから、身元はちゃんと改めているのでしょう? もうこの際細かいことは言わないけれど、お身内含めて、その辺はちゃんとクリーンね?」
「当たり前だ。彼女に懸念点はない」
「……じゃあ、反対する理由はないわ」
(えっ)
満足そうに笑みを浮かべた遼とは反対に、果菜は思わず驚きに目を見開いた。
遼に比べると、自分は平社員の庶民だ。どう考えても釣り合いが取れない。
だからなんだかんだ言っても認められることはないと、どこかで高をくくっていたのだ。
果菜の背中を嫌な汗が滑り落ちた。
「不躾な態度をとってしまってごめんなさい」
「い、いえ……」
極めつけに遼の母親に謝られて、果菜はどう答えていいのか困ってしまう。
息子がいきなり得体の知れない女を連れてきたのだ。訝しく思うのも当然だろうと果菜は思う。
遼の母親は全身から気品が漂う、上品な女性だった。遼は母親似らしく、年相応の皺はあるが、かなりの美人だ。その整った顔でにこりと微笑んだ。
「遼もいい年なのに、結婚をいやがっていたら私たちとても困っていたの。あなたのおかげで結婚に前向きになってくれたみたい。感謝するわ。本当にありがとう」
(……えええ)
どうやら遼の母親の結婚に対する焦りは相当なものだったようだ。つまりは結婚してくれるなら相手について、最低限の条件をクリアしていれば、もう誰でもいいというところまできていたのだろう。
そこまで切羽詰まった状況だったなんて。
遼の母親の口ぶりからそう察した果菜は愕然となった。頭の中に、騙された! という言葉が浮かぶ。
これまでの状況からすると、遼は当然この展開になることをわかっていたはず。けれど、果菜には言わなかった。
(な、なんか大変なことになってしまった……)
果菜は遼の母親に、引き攣った笑いを返すことしかできなかった。