離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
「……彼氏なんてすぐにできないですよ」

「じゃあ、相手がなかなか見つからないから結婚に至らなくて、それを心配した親が見合いで相手を探したってこと? 夏原さんは結婚はしたいけど、見合いは嫌で押し付けられそうになって逃げてきたと? もっと切迫した理由があるように感じたけど」

 じっと見つめられて、果菜は居心地が悪そうに身じろぎした。

 感が鋭そうな彼に対して、適当に答えて誤魔化すことは難しいかもしれないと感じた。

 それに、遼は自身の事情をおそらく偽りなく果菜に話している。自分だけ話さないのはフェアじゃない。

 そこまで考えると、果菜は躊躇いながらも口を開いた。

「……その気になったところで私なんかにはすぐに彼氏はできないっていうのは本当ですけど、そもそも積極的に相手を見つけようとしていないというのは確かにあります。私、男を見る目がないんです。二股かけられたり嘘をつかれたり、あとは結婚していることを隠して言い寄られたりしたこともあったんですけど、そういう風にこられてもあんまり見抜けないというか。騙されやすい、みたいな」

 そこで果菜は自嘲気味に笑った。改めて口にしてみると、何とも情けない。
 しかし、本当のことだ。

「という訳で、私は男性に対して不信感が強くなってしまって、だからあんまりお付き合いする気にもなれなくて。けれど自分的にはそれでもあまり不都合がなくて、結婚も無理にしなくてもいいかなみたいに思ってたんですけど、母には私のそういう考えが理解されず、付き合っている男性がいないならとお見合いを勧められてしまって、という感じです」

 しぶしぶながらも果菜はそこまで話すと、何とも言えない気まずさを誤魔化すようにへらっと笑った。

「なるほど」

 そこで、それまで黙って聞いていた遼が口を開いた。
 一つ頷くと、腕組みをして、果菜をじっと見据える。

「やっぱりお互いに利益があると思う。俺たちは、似ている。結婚するつもりがないのに周囲から結婚を勧められていて、何かしらの対応を迫られている」

「それは……そうですけど」

 果菜は何とも言えない表情を浮かべた。同意できるようなできないような。

 確かに純粋に状況を比べたら似てると言えるが、一庶民と大企業の御曹司では、何というか結婚に対する重みが違う。当然、周囲のプレッシャーも後者の方が桁違いに大きいだろう。果菜が感じた母親からの圧なんて可愛いものに違いない。

「そっちはそこまででもない? 対応は必要ないと?」

 表情に色々出てしまったのか、見透かされたように言われて、果菜はぎくりと顔を強張らせた。

「……いえ、私も何かしらの対応は必要……です」

 仕方なく、素直に認める。果菜の方は結婚へのプレッシャーをかけてくるのは母親だけだが、一人だけでなかなかの圧だ。しかもその急かし具合はなかなか執拗で、それに対して、果菜は今のところ有効な対処法を思いついていない。

 果菜の返答を聞いて、遼は満足そうに頷いた。

「結局、その状況をどうにかするには、結婚するか、親に諦めてもらうしか道はない。しかり、俺は諦めてもらうのがなかなか難しい状況だ。色々と言い訳を並べたが、結局説得には至っていない。夏原さんは? 諦めてもらえそうな状況にある?」

 有無を言わせない態度で急に問いかけられて、果菜は視線を彷徨わせてからそっと首を振った。遼の雰囲気から誤魔化すことは難しいと判断したのだ。

「芦沢専務と同じでなかなか難しいと思います。私に結婚を急かしているのは母だけですが、昔ながらの考えで、女の幸せは結婚をすることにあると思い込んでいて、三十歳を超えての未婚は行き遅れ扱いですから。私は今二十九歳なので、なんとか三十歳までに結婚させようと必死です」

「……なるほど。やっぱり俺たちは結婚するべきだと思う」

 きっぱりと言われて、果菜は困ったように瞳を揺らした。

 なぜか遼はその方法が一番だと思いついたみたいだが、果菜はそうは思わない。結婚に必ずしも愛が必要とまでは思わないが、いくら急かされているからといって、お互いによく知らないのに、とりあえず結婚して問題を解決しようなんて話が飛躍しすぎている。

 いくら何でも強引すぎると思うのだ。結婚はそんな簡単なものではないと思う。

 果菜の常識から言うと、とても考えられなかった。だからと言って、何か別に他の方法がある訳でもないが、とにかく許容できなかった。

「……すみません。それはお断りさせてください。芦沢専務とはきちんとお話したのも今日が初めてですし、例え契約結婚といっても、籍を入れて一緒に暮らす訳ですよね。人柄がわかっていて、この方ならと思える相手でないと、難しいです」

 果菜は躊躇いつつもはっきりと断りの言葉を口にした。

 遼の反応が怖かったが、無理なものは無理だ。自分の人生に関わることを、そう簡単に引き受けることは、果菜にはできなかった。

「……その言い分は当然だと思う。だけど、やっぱり俺は夏原さんにお願いしたい」

 考え込むようにしばらく押し黙ったあと、遼はゆっくりと口を開いた。
 はっきりとした意思を持った眼差しがまっすぐに果菜を射抜く。果菜は一瞬、息が詰まるような感覚を覚えた。

「よく……わかりません。芦沢専務なら、頼めば応じてくれそうな女性は、他にもいっぱいいると思うんですが。どうして、わ、私なんかに」
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