離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
――芦沢遼(あしざわりょう)、三十三歳。大手スポーツ関連メーカー、アスト株式会社の専務取締役。

 アストはスポーツ用品において、国内での売上高第一位を誇る会社だ。加えてその事業内容はスポーツ用品だけに留まらず、アウトドアブランドやファッションブランドの展開、フィットネスクラブやスポーツ施設、更にはレジャー施設の運営までを幅広く手掛ける、誰もが知る超有名企業だ。

 そのアストの現代表取締役は遼の父親の芦沢雄一(あしざわゆういち)で、遼はいわゆる御曹司だった。  
                                     
「そう? まあどっちでもいいけど」

 本当にどちらでも良さそうに素っ気なく言った遼に、果菜はひとまずほっとする。

 超上流家庭で育った遼と、ごくごく一般的な家庭出身の果菜は、価値観に相違がある部分が多々あり、その度に果菜は戸惑いを覚えてきた。

 しかも結婚前、果菜は遼のことを、その優秀さと引き換えに人間的な情の一切を捨てた非情な男だと思っていたから、猶更だった。

――まあ、実際は違っていたのだが。

 結婚生活を送るうちに、彼の人柄を知ってそんなことはないということは、今では十分わかっていた。意外なほど果菜を尊重して、譲ってくれることも。

「……もう壊さないように、気を付けます」

 果菜は神妙な顔をして呟いた。本心だった。これ以上、ドジを晒して遼に呆れられたくないーー。

「別にいい。慣れたし」

「そっ……」

 そんな風に言わなくても。

 果菜にとってはものすごく真剣に言ったつもりだったのに、遼の取り合う様子のない言葉に、思わず口を開きかける。

 しかし、果菜が言葉を続ける前に遼がふっと笑った。
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