離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
「芦沢様。お待ちしておりました。ご案内させていただきます」

 しかし、その驚きを顔に出すことは失礼にあたると理解していたため、表情筋を精一杯引き締めて、至極真面目な表情を作っていた。

 完全なる案内役に徹して一切の無駄な動きもなくエレベーターから社長室までたどり着き、その扉をノックした。

「アスト社の芦沢様がお見えになりました」

「はい」

 中から社長秘書の男性が出迎える。社長室までの案内が無事に完了すると、その後お茶出しと、遼の秘書の鞄が雨で少し濡れていたことに気付いていたので、タオルの用意までして果菜は下がった。

 来客が終わればまだ片付けのために呼ばれるだろう。果菜はそう考えて、ひとまず総務部に戻るためにエレベーターに足を向けた。

「大丈夫でした?」

 自席に戻ると、待ちかねたように隣の席から声が掛かった。果菜は椅子に腰を下ろしながら苦笑いを浮かべた。

「なんとかね」

 隣の席に座るのは、同じ総務部の石川舞花(いしかわまいか)だ。舞花は、二十九歳である果菜の三つ下の二十六歳。見た目からしてとてもキラキラした女性である。

 いつもきっちりとヘアアイロンでカールされた髪。ぱっちりとした目は控えめな配色ながらも見事なグラデーションのアイシャドウに縁取られていて、まつ毛はくるんと長い。それにフェミニンなワンピースといつもかなり女子力が高い出で立ちをしていた。

「果菜さんがミスる訳ないか。私じゃあるまいし」

 肩を竦めながら言われて、果菜は何と返していいかわからず曖昧に笑った。

(なんか、勘違いされてるんだよなあ……私もそんな大して仕事できる訳じゃないのに)

 これは果菜の昔からの悩みの種でもあった。なぜだかわからないが、学生時代から果菜は「しっかり者」だと勘違いされてしまうことがよくあった。
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