規則正しい、三角関係!?〜交際禁止を守りたいから、2人とも邪魔しないで?〜
リズミカルに鳴る、デッサン中の鉛筆の音。
鼻を刺すような、油絵の具のにおい。
筆を洗う、軽い水の音。
戻ってきた、平和な時間。
キャンバスを前にした私は、
真澄くんがいることも忘れ、
自分の手元に集中してしまっていた。
はっと気づいた時には、
部活終了の約20分前。
あれ以降、
真澄くんは黙々と作業をしていたようだ。
ちらっと彼の様子を見てみたところ、
心ここに在らずというか……
どことなくぼーっとしていて、
手だけを動かしている?みたいな感じだった。
…やっぱり、難しかったのかな。
いや、絵の経験ないって言ってるのに、
無理矢理描かせたから面倒に思ってるのかもしれない。
どちらにしろ、申し訳ないな……。
謝罪の言葉を伝える前に、
彼の手元を覗き込んでみると——
「え……?う、うそ………
すごい!!!!!」
「えッッ!?」
真澄くんは、驚いたようで目を丸くしている。
まあ当然か。
私が急に大声をあげたんだから。
でも、仕方ないよ。
私だって相当驚いたんだ。
だって、彼のスケッチブックには——
写真通りの、見事な猫の姿。
サイズ感、影の入る位置、周りの風景さえも細密に再現されていて。
……悔しいけど、すべてが完璧だった。
「ちょっ、ま、真澄くん……!
どういうこと!??経験ないんじゃ……!」
「え?え?これ……俺が描いたんですか?
いつのまに、こんなん描いて………?」
「…えっ?」
……なぜか真澄くんは、
自分のスケッチブックを見つめて、困惑している。
一体、何を言ってるんだろう。
今の時間、そのページに触れた人は、
真澄くん以外いないのに。
「い、いつのまに……って。
どういうこと…………?
もしかして………無意識?」
「う…は、ハイ…
ちょっと考え事しとった…というか……」
「ええ…………?」
ごにょごにょと口ごもる真澄くん。
俯いちゃったから、表情は見えないけど、
黒髪からちらっと覗く耳が赤くなっている。
考え事しながら?
無意識のうちに?
こんな完璧な、猫ができていた…………?
そんなはず、なくない………??
それに…
なんでこんな挙動不審なんだろう……???
「ふっ………ふふ…………」
「……?」
「………ふふふっ………あははっ」
「!?」
考えるほど、もうよくわからなくって、
だんだん面白くなってきちゃって……
ついに堪えきれず、吹き出してしまった。
「あはははははっ」
私は、
困惑の表情を一層強めた真澄くんや、
何事?と言いたげな部員のみんなを置いて、
ひとしきり笑った。涙が出るほど。
「はー……おっかしい」
こんなに笑ったのは、久しぶりかもしれない。
「真澄くん」
「な、なんスか」
「うちにこない?」
「え!?」
ピタッと彼の挙動が止まった。
「今までコンテストで入賞したことのないうちの部だけど……
真澄くんのこの実力なら、
絶対いいところまでいけるよ………!」
「あ、ああ……なんや部活のことか……。
ええと……ちょっと考え…
「しーちゃん」
突然、
思わぬ方向からの、私を呼ぶ声。
その方向に目を向けると、
開いた窓のサッシ部分に両腕をのせて、
こちらを見る流星がいた。
「りゅ、流星!?どうしたの?」
「んー。なんか、
しーちゃんの笑い声が聞こえたから」
……真顔だけど、どことなく不機嫌そうだ。
「で?なにやってんの?」
「なにって……部活だけど……」
「ふーん」
流星がジロっと、
冷ややかな目を真澄くんに向ける。
わぁ!ちょっと!
そんな風に見ると、気弱な真澄くんが萎縮しちゃうじゃない…!
流星から庇うため、
慌てて真澄くんに視線を移すと……
私の心配とは裏腹に、
真澄くんは、強く鋭利な眼差しで流星を見ていた。
…気のせいかな。
2人の間に、バチバチとはじける火花が見えるのは。