お嬢さまですもの!
「桜子ちゃん! 帰ろう!」


 理央くんが立ち上がって、わたしをうながした。


「僕たち、こんな部は落ちてよかったよ。高飛車なセレブになりきるだけの遊び場じゃないか。行こう!」


 理央くんは吐き捨てるように言って、歩きだした。


「お待ちなさい! わたくしたちは――」

「もうたくさんです!」


 九条先輩の声をさえぎるように声を荒げて、歩いていく理央くん。


「あっ、待って!」


 あわてて理央くんを追いかけたわたしの視界を、見覚えのあるものがかすめて、思わず足が止まる。


「――っ!」


 壁ぎわにある巨大な柱時計の上部に彫りこまれた紋章――。

 二頭のツノジカが向かい合っているデザイン。

 ミレーヌのハンカチに刺繍されていたのと同じだ!


「あっ……」


 わたしは、吸い寄せられるように、ふらふら~っと、柱時計に近づいていった。

 なぜここに、あの紋章が!?

 すると、サッと、わたしの前に雪平先輩が立ちはだかって、
「入部テストは終了いたしました。どうか、お引き取りを」
 と、冷たく言われてしまった。

 ゾクッとするほど美しい顔がすぐ近くにあって、固まってしまうわたし。

 ずんずんと引き返してきた理央くんが、わたしの手を握る。

 その温もりで、わたしはハッと我に返った。


「言われなくても帰りますよ! 行こう、桜子ちゃん!」


 理央くんはぎろりと雪平先輩をひとにらみすると、ぐいっと、わたしを引っぱった。


「理央くん……」


 手を引かれながらふり返ると、雪平先輩は直立不動のまま、宝来先輩はすまし顔で紅茶を飲み、九条先輩はにこやかに手をふっていた。
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