大魔法使いアンブローズ・オルブライトによる愛弟子たちへの優しい謀略

オルブライト侯爵の二人の愛弟子 2

 二人の師弟関係が始まってすぐに、とある問題が発生した。アンブローズとしてはどうも、お師匠様と呼ばれることに堅苦しさを感じていた。そのためブラッドに名前で呼ぶように言ったが、真面目なブラッドに拒否されてしまう。
 両者で話し合った結果、お互いに百歩譲って師匠と呼ばれることになったのだった。
 
 そのようないきさつもまた、アンブローズがブラッドを気に入るきっかけとなった。
 ブラッドの真面目な性格は師匠のオーレリアと似ており、アンブローズはそれを好ましく思うのだった。

 アンブローズはブラッドに特別授業だと言って後継者教育も受けさせた。弟子入りの提案のみ受けたブラッドとしては約束と違うと思ったが、貴族社会を知るいい機会のため、大人しく授業を受けた。

 それから五年後、パトリスが誘拐されかけたと聞いたアンブローズは、ブラッドを連れてパトリスを弟子として迎えに行った。
 帰りの馬車の中で、ブラッドが躊躇いがちに口を開いた。
 
「師匠……さきほどのご令嬢の髪は、銀色でした」
「うん、そうだね」
「銀色の髪の人間の中には、高度な癒しの魔法を使える人がいるんですよね? あのご令嬢は本当に、魔法が使えないのでしょうか?」
「よく覚えているね。それに察しがいい。さすがだよ」

 アンブローズはブラッドに、銀色の髪を持つ者と高度な癒しの魔法の関係性についてブラッドに教えていた。それは、ブラッドに自分の意思を継がせるためだった。
 同じ悲劇が繰り返されないよう、ブラッドにも銀色の髪を持つ者たちを守ってもらいたかった。
 
「もしかして、本当は使えるのに隠しているのではないですか?」
「いいや、本当に使えないようだ。パトリスが必死で魔法の練習をしても、初級の浮遊魔法でさえ使えないらしい。実際に、私の部下がその様子を見ていた」

 グランヴィル伯爵は娘が魔法を使えない原因を探るため、王立魔法使い協会に所属する魔法使いの研究者たちをタウンハウスに招いてパトリスを見てもらうこともあった。
 健気なパトリスは父親の期待に応えたい一心で、魔法使いたちから提案された方法を全て試したが、どれひとつとして上手くいかなかったそうだ。

「――ただし、それはパトリスの魔法が封じられているからなのかもしれない」
「魔法を封じる……そんなことができるのですか?」
「できなくはない。方法はあるからね。ただ、その方法を知っている者は僅かだし、使うのはなかなか面倒な魔法なんだ。それでも魔法大家のグランヴィル伯爵家なら可能だろう。……ただし、グランヴィル伯爵にそのことを言ってみたところで、しらばっくれられるだろうね。もしも私たちの推理が本当なら、グランヴィル伯爵は王国中の人々を騙し、入念な計画を立ててパトリスを守ろうとしているはずだ」
「秘密を守るのなら、その秘密を知る人は少ない方がいいということですね」
「ご名答。もしかすると、グランヴィル伯爵だけが知っているのかもしれない」  

 彼らがパトリスを守りたいのであれば進んで協力したいが、相手がそれを望まないのであれば、下手に申し出るわけにはいかない。 

「ブラッド、このことは私たちだけの秘密だよ。二人でパトリスを守ろう」
「はい! 兄弟子として、お嬢様を守ります」
「……その言葉、兄弟子と言うより騎士みたいだね」
 
 もともと兄弟がいたブラッドは兄弟弟子ができて嬉しかったらしく、打ち解けてからは目に見えてパトリスを大切にした。アンブローズがパトリスに教える座学のほとんどはブラッドも学んでいた内容だったが一緒に聞き、授業が終わると一緒に復習した。
 アンブローズは、パトリスが優しく頼もしい兄弟子に惹かれていることにすぐに気づいた。
 ブラッドがパトリスに惹かれていることにも気づいていた。出会ってから数年はパトリスを妹のように接していたブラッドだが、パトリスが十歳に成長した頃、彼女を異性として意識するようになっていたのだ。
 二人でパトリスに会いに行くと、帰りには決まって切なそうな表情を浮かべているのでバレバレだった。

 毎度そのような表情を見せられると、ついアンブローズの悪戯心が疼く。
 ある時、アンブローズは馬車に乗り込むと、グランヴィル伯爵家の屋敷を見つめるブラッドに声をかける。

「ねえ、ブラッドはパトリスのことが好きだよね?」
「――っ、いきなりなにを言うのですか?!」

 ブラッドは大きく肩を揺らして動揺した。秘めていた想いを暴かれてしまい、気恥ずかしさに頬を赤く染める。

「いい子だし、可愛いもんね?」
「それは、そうですけど……」
「告白しないの?」
「……できるわけがないじゃないですか。だって、パトリスは貴族令嬢ですよ? 平民の俺なんかが好きになってはいけない相手です」
 
 またしてもブラッドは自身の身分のせいで引け目を感じていた。彼はパトリスへの想いを隠し、諦めようとしているのだ。

「それなら爵位を賜れるほどの功績を得るといい。あと、オルブライト侯爵家の当主になれば誰も反対しないよ?」
「きっと、俺が爵位を得る前にパトリスは家が決めた者と婚約しますよ」

 まるで自分に言い聞かせるように呟いた。しかしアンブローズの提案が心の中に残り続けており、ブラッドを駆り立てる。
 そうしてブラッドは半年後、王立騎士団に入団した。
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