大魔法使いアンブローズ・オルブライトによる愛弟子たちへの優しい謀略
オルブライト侯爵の祝福 1
アンブローズはオルブライト侯爵家のタウンハウスでパトリスが寝泊まりしていた使用人部屋を見渡す。
元貴族令嬢が住むには質素で狭い部屋だ。本当ならもっと彼女のためにしてあげられたのではないか。そんな思いに苛まれる。
「まさか、グランヴィル伯爵がパトリスを追い出すとは思わなかった」
グランヴィル伯爵から名付け親になってほしいと頼まれたとき、彼は娘の誕生を喜んでいた。
彼の妻がこの世を去るまでは、折に触れてはアンブローズにパトリスの話を聞かせてきた。それほどパトリスを大切に想っているようだった。
グランヴィル伯爵はパトリスに冷たく接しているようで、実は温かく見守っているのだと思っていた。よもや突き放すように手放すことになるとは、思いも寄らなかった。
アンブローズはパトリスが実家を追い出されたあの日、グランヴィル伯爵家から来た侍従に手渡された手紙により、パトリスが追い出されることを知った。
グランヴィル伯爵はパトリスの名付け親であるアンブローズには伝えておくべきだとして、パトリスを勘当することを伝えたのだ。
手紙を見たアンブローズは、グランヴィル伯爵を説得するために赴いたのだが、着いた時にはすでにパトリスが追い出されていた。
「知っていれば、他の道を歩ませてあげられたのかもしれないのに」
もしもの可能性に想いを馳せたところで、今は変わらない。アンブローズは、パトリスが不運に陥るのを防げなかった。その結果が今の状況だ。
「魔法使いとは、傲慢で愚かな生き物だよ。威張り散らしているくせに、肝心なものを守れやしない。……私は、その最たるものだ」
アンブローズは乾いた笑い声を上げた。自分で言っておきながら惨めになる。
己の不甲斐なさに気持ちが沈むアンブローズの耳元に、パタパタと元気よく走る足音が聞こえてきた。振り向くと、青と黄と白の花の組み合わせが美しい花束を持つパトリスが戻ってきているところだった。レイチェルへの見舞いの花束を用意してきたのだ。
「旦那様、お待たせしました!」
パトリスはアンブローズに花束を渡すと、机の上に置いていた紙にペンを走らせて手紙を書く。それもまた、アンブローズに託した。
「どちらも必ずレイチェルに渡すよ」
アンブローズは手紙と花束を片手でまとめて持つと、空いている方の手でパトリスのトランクを持つ。
「さあ、そろそろ行こうか。後悔のない日々を送りなさい」
「――っ、ありがとうございます」
パトリスの水色の瞳が潤む。期限付きとはいえ、三年も住んだこの場所をいざ発つとなると、寂しさに襲われる。
アンブローズは身を屈めると、しょんぼりとしているパトリスの頭に別れの挨拶と祝福を込めたキスをした。
パトリスはアンブローズとともに玄関ホールへ行くと、仲間たちと挨拶を交わし、ブラッドとシレンスとともに馬車に乗る。そうして、オルブライト侯爵家のタウンハウスを発った。
「きっかけを作ったから、あとは君次第だよ」
アンブローズは小さくなっていく馬車を見送る。
太陽を覆っていた雲が風に流され、春の陽光が一筋、パトリスの乗る馬車を照らした。
元貴族令嬢が住むには質素で狭い部屋だ。本当ならもっと彼女のためにしてあげられたのではないか。そんな思いに苛まれる。
「まさか、グランヴィル伯爵がパトリスを追い出すとは思わなかった」
グランヴィル伯爵から名付け親になってほしいと頼まれたとき、彼は娘の誕生を喜んでいた。
彼の妻がこの世を去るまでは、折に触れてはアンブローズにパトリスの話を聞かせてきた。それほどパトリスを大切に想っているようだった。
グランヴィル伯爵はパトリスに冷たく接しているようで、実は温かく見守っているのだと思っていた。よもや突き放すように手放すことになるとは、思いも寄らなかった。
アンブローズはパトリスが実家を追い出されたあの日、グランヴィル伯爵家から来た侍従に手渡された手紙により、パトリスが追い出されることを知った。
グランヴィル伯爵はパトリスの名付け親であるアンブローズには伝えておくべきだとして、パトリスを勘当することを伝えたのだ。
手紙を見たアンブローズは、グランヴィル伯爵を説得するために赴いたのだが、着いた時にはすでにパトリスが追い出されていた。
「知っていれば、他の道を歩ませてあげられたのかもしれないのに」
もしもの可能性に想いを馳せたところで、今は変わらない。アンブローズは、パトリスが不運に陥るのを防げなかった。その結果が今の状況だ。
「魔法使いとは、傲慢で愚かな生き物だよ。威張り散らしているくせに、肝心なものを守れやしない。……私は、その最たるものだ」
アンブローズは乾いた笑い声を上げた。自分で言っておきながら惨めになる。
己の不甲斐なさに気持ちが沈むアンブローズの耳元に、パタパタと元気よく走る足音が聞こえてきた。振り向くと、青と黄と白の花の組み合わせが美しい花束を持つパトリスが戻ってきているところだった。レイチェルへの見舞いの花束を用意してきたのだ。
「旦那様、お待たせしました!」
パトリスはアンブローズに花束を渡すと、机の上に置いていた紙にペンを走らせて手紙を書く。それもまた、アンブローズに託した。
「どちらも必ずレイチェルに渡すよ」
アンブローズは手紙と花束を片手でまとめて持つと、空いている方の手でパトリスのトランクを持つ。
「さあ、そろそろ行こうか。後悔のない日々を送りなさい」
「――っ、ありがとうございます」
パトリスの水色の瞳が潤む。期限付きとはいえ、三年も住んだこの場所をいざ発つとなると、寂しさに襲われる。
アンブローズは身を屈めると、しょんぼりとしているパトリスの頭に別れの挨拶と祝福を込めたキスをした。
パトリスはアンブローズとともに玄関ホールへ行くと、仲間たちと挨拶を交わし、ブラッドとシレンスとともに馬車に乗る。そうして、オルブライト侯爵家のタウンハウスを発った。
「きっかけを作ったから、あとは君次第だよ」
アンブローズは小さくなっていく馬車を見送る。
太陽を覆っていた雲が風に流され、春の陽光が一筋、パトリスの乗る馬車を照らした。