大魔法使いアンブローズ・オルブライトによる愛弟子たちへの優しい謀略

オルブライト侯爵の祝福 3

     *** 
 
 パトリスは厨房に着くと、気合を入れて料理にとりかかった。
 オルブライト侯爵家での仕事は基本的には掃除だった。しかしたまに調理場を手伝っていたいたことや、パトリスが一人で暮らすことになった時のために料理長が料理を教えてくれていたおかげで、基本的な料理なら作ることができる。
 
 食材はシレンスが調達してくれていたため、厨房にある食材からメニューを考えることにした。その中には空芋もあったが、それは自分とシレンスのまかないにのみ入れることにするのだった。
 
「今日のご夕食は旬の野菜を使ったサラダと肉の香草焼きと白身魚とジャガイモのグラタン、それに野菜のスープです」
 
 夕食の準備を終えてブラッドを呼ぶと、すぐに来てくれた。まだ歩行は慣れていないようで、シレンスの助けが必要だ。
 ブラッドは椅子につくと、嬉しそうに表情を綻ばせる。

「食欲をそそる香りでとても美味しそうです。早速いただきます」
「私がお食事をお手伝いいたしますので、食べたい物を仰ってくださいね」
「それでは、まずはスープをお願いします」
「かしこまりました!」
 
 パトリスはブラッドの隣に立つと、スープが入っている器を片手に持つ。反対側の手に持っている銀の匙でスープを掬うと、ふうふうと息を吹きかけた。

「ホリングワース男爵、口元に匙を当てますので、少し口を開けてください」
「え、ええと! お手伝いとは、そう言うことだったんですね?!」
 
 ブラッドは慌てた様子で身じろぐ。両手を前に出し、それとなく拒んだ。
 
「あの、自分で食べられますので皿と匙をください。見えなくても食べられるよう練習したので、食器とカトラリーを渡していただけたら、あとは自分で食べられます」
「そ、そうでしたか。私ったら確認もせず……申し訳ございませんでした」
「いえ、気を遣ってくれてありがとう」

 パトリスは顔を真っ赤にし、眉尻を下げて情けない表情のままブラッドにスープの器と銀の匙を手渡す。
 穴があったら入りたい。気恥ずかしさのあまり、涙目になりながらブラッドの食事を手伝う。

 失敗で落ち込んでいたパトリスだが、ブラッドがいい食べっぷりで夕食を食べている様子を見ていると、元気を取り戻すのだった。ブラッドが「美味しいです」と褒めると口元に手をあてて感激するのだが、声が弾まないように気を付けて、努めてメイドらしい態度で感謝の言葉を口にするのだった。
  
 食堂の戸口に立って二人のやり取りを見守っていたシレンスは、やれやれと呆れたような表情で首を横に振る。

「はあ、健気過ぎて涙腺を刺激してくるから困る」

 ぶっきらぼうな口調だが、パトリスを見つめる眼差しは優しかった。
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