大魔法使いアンブローズ・オルブライトによる愛弟子たちへの優しい謀略
オルブライト侯爵の祝福 4
***
初日は張り切り過ぎて過剰なお手伝いをしそうになったパトリスだが、以降はオールワークスメイドの仕事をこなしつつ、さりげなくブラッドを手伝っている。しかしパトリスがブラッドの手伝いができないかと見つめていると、すぐにブラッドに気づかれてしまうのだった。
ブラッドは騎士として訓練したためか、人の視線や気配をよく感じ取るのだ。
パトリスがブラッドの屋敷に引っ越してから三日後の夜。ブラッドが執務室で仕事をしているそのそばで、パトリスはひっそりと控えていた。
ブラッドの手伝いをするために控えているが、ブラッドは文字を書くのも魔法でこなしてしまうため、パトリスの出番がなかなかないのだ。
初めは手伝えることがなくて落ち込んでいたパトリスだが、次第に気を取り直し、ブラッドを観察する時間にしている。
今日もこっそりとブラッドの横顔を眺めていると、不意にブラッドが顔を動かしてパトリスのいる方を向いた。
「リズさん、どうしましたか?」
「えっ……?」
急に呼びかけられたパトリスは返事に臆した。
「視線を感じたので、もしかすると何か言おうとしていることがあるのかと思いまして……」
「いえ、そのようなことは……じっと見つめてしまい、申し訳ございません」
「謝らないでください。俺に不便がないよう気にかけてくれているんですよね?」
ブラッドの声音は優しい。パトリスの好きな、低く落ち着いた声だ。
「は……はい」
パトリスはまごつきながら返事をする。よもやブラッドの横顔に見惚れていたなんて言えない。
誤魔化すように、机の上に置いていたティーカップを手に取る。
「あの、お茶が冷めてしまいましたので、淹れ直しますね」
「お願いします。せっかく淹れてくれたのに、冷ましてしまってすみません」
「いいえ、お茶のことは気にせず、ぜひお仕事に集中なさってください。ホリングワース男爵が常に美味しいお茶を飲めるようにするのが私の務めですから」
パトリスはお茶を淹れ直したティーカップを机の上に置く。
「二時の方角に置きました。カップが熱くなっているのでお気をつけください」
「ありがとう。こちらですね?」
そう言い、ブラッドが手を伸ばすものの、なかなかティーカップに触れられない。
パトリスが伝えた場所にあるティーカップに辿り着くことができる時もあれば、なかなか到達できない時もある。まだ目の見えない生活に慣れていないため、置かれた物の位置を把握するのは困難らしい。
「リズさん、すみませんがティーカップを持たせてくれませんか?」
「かしこまりました」
ブラッドの手に触れたパトリスは、彼の手が記憶のものより大きく、そしてその掌が騎士らしく固くなっていることに気づいた。彼の手から感じる熱がパトリスの頬に伝播する。
鼓動がとくとくと駆け足になり、その振動が指先から伝わってしまいそうな気がした。
「ど、どうぞ。こちらです」
内心焦りながらも両手でブラッドの手を動かし、ティーカップの持ち手に指をかけさせる。
「ありがとう。助かりました」
ブラッドからお礼の言葉を聞くや否や、逃げるように彼の手を離した。
すっかり真っ赤になった頬に両手を当てる。頬の熱が掌を温めた。
(ブラッドが、今の私の姿を見られることがなくて良かった……)
両手を頬から外すと、胸の前でぎゅっと握りしめる。ブラッドの手に触れた時の感覚がまだ残っており、パトリスの心をかき乱す。
愛する人の前から消えようとしているのに、ちょっとしたきっかけでその決意が覆りそうになる。その葛藤で胸が苦しい。
パトリスは握った両手を胸に当てると、心が落ち着くまでそうしていた。
その翌日、パトリスとブラッドの様子が気になったアンブローズが屋敷を訪ね、二人の前に現れた。
初日は張り切り過ぎて過剰なお手伝いをしそうになったパトリスだが、以降はオールワークスメイドの仕事をこなしつつ、さりげなくブラッドを手伝っている。しかしパトリスがブラッドの手伝いができないかと見つめていると、すぐにブラッドに気づかれてしまうのだった。
ブラッドは騎士として訓練したためか、人の視線や気配をよく感じ取るのだ。
パトリスがブラッドの屋敷に引っ越してから三日後の夜。ブラッドが執務室で仕事をしているそのそばで、パトリスはひっそりと控えていた。
ブラッドの手伝いをするために控えているが、ブラッドは文字を書くのも魔法でこなしてしまうため、パトリスの出番がなかなかないのだ。
初めは手伝えることがなくて落ち込んでいたパトリスだが、次第に気を取り直し、ブラッドを観察する時間にしている。
今日もこっそりとブラッドの横顔を眺めていると、不意にブラッドが顔を動かしてパトリスのいる方を向いた。
「リズさん、どうしましたか?」
「えっ……?」
急に呼びかけられたパトリスは返事に臆した。
「視線を感じたので、もしかすると何か言おうとしていることがあるのかと思いまして……」
「いえ、そのようなことは……じっと見つめてしまい、申し訳ございません」
「謝らないでください。俺に不便がないよう気にかけてくれているんですよね?」
ブラッドの声音は優しい。パトリスの好きな、低く落ち着いた声だ。
「は……はい」
パトリスはまごつきながら返事をする。よもやブラッドの横顔に見惚れていたなんて言えない。
誤魔化すように、机の上に置いていたティーカップを手に取る。
「あの、お茶が冷めてしまいましたので、淹れ直しますね」
「お願いします。せっかく淹れてくれたのに、冷ましてしまってすみません」
「いいえ、お茶のことは気にせず、ぜひお仕事に集中なさってください。ホリングワース男爵が常に美味しいお茶を飲めるようにするのが私の務めですから」
パトリスはお茶を淹れ直したティーカップを机の上に置く。
「二時の方角に置きました。カップが熱くなっているのでお気をつけください」
「ありがとう。こちらですね?」
そう言い、ブラッドが手を伸ばすものの、なかなかティーカップに触れられない。
パトリスが伝えた場所にあるティーカップに辿り着くことができる時もあれば、なかなか到達できない時もある。まだ目の見えない生活に慣れていないため、置かれた物の位置を把握するのは困難らしい。
「リズさん、すみませんがティーカップを持たせてくれませんか?」
「かしこまりました」
ブラッドの手に触れたパトリスは、彼の手が記憶のものより大きく、そしてその掌が騎士らしく固くなっていることに気づいた。彼の手から感じる熱がパトリスの頬に伝播する。
鼓動がとくとくと駆け足になり、その振動が指先から伝わってしまいそうな気がした。
「ど、どうぞ。こちらです」
内心焦りながらも両手でブラッドの手を動かし、ティーカップの持ち手に指をかけさせる。
「ありがとう。助かりました」
ブラッドからお礼の言葉を聞くや否や、逃げるように彼の手を離した。
すっかり真っ赤になった頬に両手を当てる。頬の熱が掌を温めた。
(ブラッドが、今の私の姿を見られることがなくて良かった……)
両手を頬から外すと、胸の前でぎゅっと握りしめる。ブラッドの手に触れた時の感覚がまだ残っており、パトリスの心をかき乱す。
愛する人の前から消えようとしているのに、ちょっとしたきっかけでその決意が覆りそうになる。その葛藤で胸が苦しい。
パトリスは握った両手を胸に当てると、心が落ち着くまでそうしていた。
その翌日、パトリスとブラッドの様子が気になったアンブローズが屋敷を訪ね、二人の前に現れた。