大魔法使いアンブローズ・オルブライトによる愛弟子たちへの優しい謀略
オルブライト侯爵の暗躍 2
逸る気持ちを抑えて準備したお茶を持って応接室へ行くと、手早くブラッドとレイチェルにお茶を出す。
耳をそばだてながら、しかし丁寧にお茶を淹れた。
「パトリスがグランヴィル伯爵家の領主邸で元気にしていると聞いて安心しました。三年前の事件以来、引きこもっていると聞いて案じていたんです。あの日以来、手紙が届かなくなりましたから……」
ティーカップを持つパトリスの手が、少しの間動きを止めた。
レイチェルはブラッドに、パトリスがグランヴィル伯爵家の領地で過ごしていると話したらしい。
自分が領地に引きこもっているとは、どういうことだ。
パトリスの胸の中で疑念と戸惑いが渦巻く。
事件のあったあの日、たしかにパトリスの父親は彼女を勘当すると言った。それなのにブラッドはパトリスがグランヴィル伯爵家の領主邸にいると思っているようだし、その話を聞いたレイチェルは否定していない。
(つまり私は――事実上は勘当されているけれど、書類や世間的にはまだグランヴィル伯爵家に籍があるの?)
魔法大家の実家が自分のような魔法の使えない子どもを残す理由なんてあるのだろうか。
考えてみたところでなにも思い浮かばない。
(旦那様はこのことを知っているはずだけど……どうして私に教えてくれなかったのかしら?)
アンブローズは魔法の研究に没頭しがちだが世間に疎いわけではない。侯爵家の当主として、そして大魔法使いとして上手く立ち回れるよう国内外の情勢を把握している。
おまけに彼はパトリスの父の同僚で、名付け親を頼まれるほど仲が良いはずだ。それにレイチェルと婚姻もした。グランヴィル伯爵家との繋がりが深い彼が知らないはずがないだろう。
(もしかすると、私が実家を思い出して落ち込まないように黙っていてくれたのかもしれない)
本当の理由はアンブローズ本人に聞いてみないとわからないが、彼なら気遣ってそうしてくれるだろうとパトリスは思うのだった。
「父が手紙を出してはいけないと厳命しているのです。あのような事件があったから慎重になっていて、外部の者とパトリスを会わせたがらないのですよ」
「そうでしたか……。ですがそのうち、見舞いに行かせていただきます。目が見えなくなってようやくまともに休みをとれるようになりましたから」
騎士と名が付く職業はとにかく忙しい。
魔物討伐に出向いて帰ってくると、今度は式典で王族を始めとした要人の警護をさせられる。事件が起きた時は現場検証に駆り出され、国内で災害が起こると支援に向かう。
魔物がブラッドたちの休日を配慮してくれるはずがなく、休日返上で魔物討伐をすることもしばしば。
目まぐるしい日々に翻弄されることもあったが、魔物から人々を守るというかねてからの夢を叶えられて充足感があった。
ただし欲を言うなら、可愛い妹弟子に会いたい。
パトリスに会えずやきもきしていたブラッドにとって、パトリスからの手紙が何よりもの楽しみで、心の支えでもあった。
「……夫を通して父に相談してみるといいでしょう。気難しい父ですが、あの人には心を開いているようですので」
「そうしてみます。師匠ならきっと力になってくれるでしょう」
まさかパトリス本人がその場にいるとはつゆ知らず、ブラッドは嬉々として会いに行く算段を立てている。
このまま話が進むことはまずないだろう。
パトリスは世間や書類上ではまだグランヴィル伯爵家にいるようだが、事実勘当されたのだ。実家は今までそれを隠してきたのだから、これからも隠し通すはず。
レイチェルはああ言ったが、アンブローズが力添えしたところで父親が首を縦に振るはずがない。
「よろしければ、私が手紙をパトリスに渡しますわ。いかがしますか?」
「――っ、ぜひお願いします」
ブラッドは勢いよく立ち上がった。側に控えていたシレンスが慌てて近寄る。
普段の落ち着いた彼らしくない行動に、パトリスも少ならからず驚いた。
「手紙を書いてきますので、少々お待ちください。シレンスさん、執務室に行くので手伝っていただけますか?」
「かしこまりました」
ブラッドとシレンスが部屋を出る。
ぱたんと扉が閉まる音がすると、パトリスはレイチェルと二人きりになってしまった。
耳をそばだてながら、しかし丁寧にお茶を淹れた。
「パトリスがグランヴィル伯爵家の領主邸で元気にしていると聞いて安心しました。三年前の事件以来、引きこもっていると聞いて案じていたんです。あの日以来、手紙が届かなくなりましたから……」
ティーカップを持つパトリスの手が、少しの間動きを止めた。
レイチェルはブラッドに、パトリスがグランヴィル伯爵家の領地で過ごしていると話したらしい。
自分が領地に引きこもっているとは、どういうことだ。
パトリスの胸の中で疑念と戸惑いが渦巻く。
事件のあったあの日、たしかにパトリスの父親は彼女を勘当すると言った。それなのにブラッドはパトリスがグランヴィル伯爵家の領主邸にいると思っているようだし、その話を聞いたレイチェルは否定していない。
(つまり私は――事実上は勘当されているけれど、書類や世間的にはまだグランヴィル伯爵家に籍があるの?)
魔法大家の実家が自分のような魔法の使えない子どもを残す理由なんてあるのだろうか。
考えてみたところでなにも思い浮かばない。
(旦那様はこのことを知っているはずだけど……どうして私に教えてくれなかったのかしら?)
アンブローズは魔法の研究に没頭しがちだが世間に疎いわけではない。侯爵家の当主として、そして大魔法使いとして上手く立ち回れるよう国内外の情勢を把握している。
おまけに彼はパトリスの父の同僚で、名付け親を頼まれるほど仲が良いはずだ。それにレイチェルと婚姻もした。グランヴィル伯爵家との繋がりが深い彼が知らないはずがないだろう。
(もしかすると、私が実家を思い出して落ち込まないように黙っていてくれたのかもしれない)
本当の理由はアンブローズ本人に聞いてみないとわからないが、彼なら気遣ってそうしてくれるだろうとパトリスは思うのだった。
「父が手紙を出してはいけないと厳命しているのです。あのような事件があったから慎重になっていて、外部の者とパトリスを会わせたがらないのですよ」
「そうでしたか……。ですがそのうち、見舞いに行かせていただきます。目が見えなくなってようやくまともに休みをとれるようになりましたから」
騎士と名が付く職業はとにかく忙しい。
魔物討伐に出向いて帰ってくると、今度は式典で王族を始めとした要人の警護をさせられる。事件が起きた時は現場検証に駆り出され、国内で災害が起こると支援に向かう。
魔物がブラッドたちの休日を配慮してくれるはずがなく、休日返上で魔物討伐をすることもしばしば。
目まぐるしい日々に翻弄されることもあったが、魔物から人々を守るというかねてからの夢を叶えられて充足感があった。
ただし欲を言うなら、可愛い妹弟子に会いたい。
パトリスに会えずやきもきしていたブラッドにとって、パトリスからの手紙が何よりもの楽しみで、心の支えでもあった。
「……夫を通して父に相談してみるといいでしょう。気難しい父ですが、あの人には心を開いているようですので」
「そうしてみます。師匠ならきっと力になってくれるでしょう」
まさかパトリス本人がその場にいるとはつゆ知らず、ブラッドは嬉々として会いに行く算段を立てている。
このまま話が進むことはまずないだろう。
パトリスは世間や書類上ではまだグランヴィル伯爵家にいるようだが、事実勘当されたのだ。実家は今までそれを隠してきたのだから、これからも隠し通すはず。
レイチェルはああ言ったが、アンブローズが力添えしたところで父親が首を縦に振るはずがない。
「よろしければ、私が手紙をパトリスに渡しますわ。いかがしますか?」
「――っ、ぜひお願いします」
ブラッドは勢いよく立ち上がった。側に控えていたシレンスが慌てて近寄る。
普段の落ち着いた彼らしくない行動に、パトリスも少ならからず驚いた。
「手紙を書いてきますので、少々お待ちください。シレンスさん、執務室に行くので手伝っていただけますか?」
「かしこまりました」
ブラッドとシレンスが部屋を出る。
ぱたんと扉が閉まる音がすると、パトリスはレイチェルと二人きりになってしまった。