夏に願いを
曲が始まってからは、心臓がマーチのリズムになったようであっという間だった。
叶居さんが皆の音が揃わないといっていた出だしは、僕的にはきっちり決まったと思ったし、一発目のファンファーレもかっこよく吹けたと思った。
一緒に見たときに叶居さんが言っていたいろいろを思い出しながら曲を追いかけたけれど、難しいところだとかは全然わからなかった。だけど何よりも皆の音から楽しんでいるのが伝わってきたし、客席に飛んでくる音の束に圧倒されて、転校で吹部を諦めなければならないことになってしまった叶居さんの気持ちがようやく理解できた気がした。

今までも叶居さんが廊下で弾いている姿は見たことがあった。だけど舞台でコントラバスを弾く叶居さんは、見たことのないかっこよさだった。
楽譜を真っ直ぐ見る視線、楽器に沿ってなだらかに伸びた背筋、弦を押さえる指や腕の動き、弓を引く肘の規則的なストローク……。音もすごいと思ったけれど、僕は叶居さんが演奏する姿に目を奪われていた。それに、本当に圧倒されたのは、自由曲のほうだった。
< 29 / 52 >

この作品をシェア

pagetop