夏に願いを
「八月」
「え」
「八月の、お盆が過ぎたら引っ越すの」
「そ、う。なんだ」
「訊いたくせに反応薄い」
「ごめん」
「カナデくん、だよね」
「あ、うん」
「こっちこそごめんね、クラス一緒なのに話したことないとか言っちゃって」
「えっ、あ、大丈夫。本当のことだし」

叶居さんは鞄を脇に置くと、手足を前に投げ出して伸びをした。

「はー。別にね、言ったら駄目ってこともなかったんだけどね。私まだ納得できてなくて」
「転校、したくないの?」
「そりゃあね、部活、辞めたくないから」
「吹部だよね」
「うん、よく知ってるね」
「たまに楽器運んでるの見えた」
「ああ、コンバスはでっかいからね」

コンバス、は、コントラバスのことだ。ヴァイオリンのオバケみたいな巨大な楽器。基本的に管楽器と打楽器で構成される吹奏楽部において、唯一の弦楽器。そんなに背も高くない叶居さんが大きなコンバスを持って移動しているのを見かけるたびに、手伝うよと声を掛けることができない自分の陰キャさ加減を恨んだ。

その僕が今、叶居さんと会話をしている。叶居さんに話しかけたのは僕だけど、ここまで長く会話が続くとは思っていなかった。また沈黙になるのは怖い。

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