英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~

リリアーヌの結婚

 聖堂に、書類にペンを走らせる無機質な音のみが響く。

「……確かに拝領しました。ここに、シャルル・レミ・デュノアとリリアーヌ・リュパンの婚姻が成立したことを宣言します」

 書類に目を通した神官がそう言ったため、彼の前に跪いていた二人は頭を垂れた。今、結婚宣誓書にサインをした生まれたての夫婦である。

 夫の方は、成人して数年といったところの若い青年だった。強い日光の下ではプラチナブロンドに、薄暗い場所だと卵色に見えるハニーブロンドは、彼の育ちのよさを表すかのように首筋の長さできれいに整えられている。前髪の奥に見える目は澄んだ青色だが、彼の感情によって淡い色にも濃い色にも見える、不思議な色合いをしている。
 やや中性的と言える顔立ちははっとするほど美しいが、今はそのかんばせに感情らしいものは浮かんでいなかった。

 妻の方は、夫よりもいくらか年上だ。癖のない栗色の髪は首筋で一つに結わえられており、同色のまつげに縁取られた奥から灰色の双眸が覗いている。彼女はどちらかというと気まずそうな表情をしており、意図して夫の方を見ないようにしていた。

 そんな二人のもとに、シスターがやってくる。彼女が新婦の髪に触れて、手早くその形を整える。髪を緩いシニヨンの形にまとめたシスターが下がると、新郎がジャケットのポケットに手を入れた。

 そこから出したのは、銀に輝く髪飾り。

「リリアーヌ、後ろを向いて」

 夫に命じられた新婦は、従順に背中を向ける。先ほどシスターが髪をまとめたため、すんなりとしたラインを描く首筋が露わになっていた。

 夫が妻の髪をシニヨンにまとめている紐に触れて、そこに髪飾りを通す。留め金をつけるパチン、という音が、高い天井に響いた。

 王国では、独身女性は髪を下ろして結婚を機にまとめるようになる。結婚宣誓書を書いた後に夫の手で髪留めをつけられることが、人妻生活の始まりであると言えた。

 妻が振り返って顔を上げると、夫と視線がぶつかった。
 いつもは穏やかに凪いでいることの多い青色の目は、もやがかかっているかのように複雑な色合いをしている。それが、彼の心情を表しているようだ。

「……リリアーヌ。これから、どうぞよろしく」
「はい。よろしくお願いします、シャルル様」

 聖王暦四十五年の、夏。
 リリアーヌは、年下上官の妻になった。
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