英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
近くにいる女だから選んだだけ、という理由でも、リリアーヌは十分納得できた。だが、彼がリリアーヌのことを異性として……そういう対象として見ることができているのだと思うと、妙にくすぐったいような恥ずかしいような気持ちが湧いてきた。
先ほど風呂場でメイドが、「万が一シャルル様がその気にならなかったら……」と、とっておきの方法を教えてくれたが、それを披露せずに済むのならば一番だと思っていたところだ。
「かしこまりました。シャルル様のお気遣いに感謝します」
「……分かってくれたのなら、それでいい」
シャルルがほーっと息を吐き出すと、彼の目に宿っていた炎も鎮火していったようだ。
「明日からは、仕事を再開しなければ」
「そうですね。では明日に備えて、今日は寝ましょうか」
「……そうだな」
シャルルはそう言ってベッドの上で体を回転させると、上掛けを持ち上げてくれた。ここに来い、ということのようで、靴を脱いだリリアーヌはありがたくその隙間に入らせてもらった。
シャルルは部屋の明かりを消し、しばらくしてリリアーヌの隣に横になる気配がした。
「……ふふ」
「どうかしたのか?」
「いえ。……いつでしたか。オーレリアンを含めた三人で徹夜で作業をして、執務室で寝落ちをしたことがありましたよね」
「……あったな」
当時のことを思い出したのか、シャルルの声音も優しい。
……あれは、シャルルが将軍になって間もない頃のことだったか。
珍しくシャルルがミスをしてしまい、オーレリアンは怒る他の将軍をなだめ、リリアーヌは予定変更のために方々に頭を下げて回り、シャルルは報告書の作成に忙殺されたことがあった。
当然その日一日では仕事が終わらず、三人は初日を徹夜して二日目の夜になっても執務室で事後処理を行い――最終的に全員寝落ちしていた。
どうやら最初に糸が切れたように倒れたのはリリアーヌだったようで、シャルルとオーレリアンでリリアーヌをソファに運んでからもう少し作業をして、続いてシャルルがデスクに伏せ、最後にオーレリアンが床の上で膝を抱えるような姿勢でいびきをかき――気がついたら翌朝になっていた。
「あれは、申し訳ないことをした……」
「過ぎたことですし、新米将軍のシャルル様をいじめようとした意地悪将軍がちょっかいをかけたのが原因だと、後で分かったではないですか」
「そうだったな。……翌朝、三人ともひどい顔になっていたな」
「私は化粧をしていますから、顔中どろどろでオーレリアンに笑われましたね」
「僕もデスクに伏せて寝たから、頬に上着の皺の跡がくっきり残っていて」
「オーレリアンに至っては、背中が曲がった状態からなかなか回復できなくて……」
ふふ、と二人の笑い声が重なる。
本当に、三人で過ごした日々はどの場面を切り取っても美しい。それだけの時間と信頼を、積み重ねてこられたのだ。
「……シャルル様。私、頑張ります」
「リリ――」
「私は、あなたが少しでも笑顔でいられる時間を作って差し上げたい。あなたが負われる重責のことを一瞬でも忘れられる時間を……提供したいのです」
「リリアーヌ……」
「私はあなたの妻であり、補佐官なのですから。どうか、このリリアーヌを頼ってくださいね」
そう言って闇の中でシャルルの方に顔を向けると、ぼんやりとした輪郭のみが見える世界ではあるものの、仰向けになったシャルルが額に手を当てたのが分かった。
「……僕は我ながら、人を見る目があると思うな」
「何か?」
「いや、何でもない。……君の言葉、嬉しいよ。ありがとう、リリアーヌ」
「シャルル様……」
「明日からも、頑張ろう。……おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
静かに、言葉を交わす。
もう、聖堂にいるときに感じた気まずさはなかった。
先ほど風呂場でメイドが、「万が一シャルル様がその気にならなかったら……」と、とっておきの方法を教えてくれたが、それを披露せずに済むのならば一番だと思っていたところだ。
「かしこまりました。シャルル様のお気遣いに感謝します」
「……分かってくれたのなら、それでいい」
シャルルがほーっと息を吐き出すと、彼の目に宿っていた炎も鎮火していったようだ。
「明日からは、仕事を再開しなければ」
「そうですね。では明日に備えて、今日は寝ましょうか」
「……そうだな」
シャルルはそう言ってベッドの上で体を回転させると、上掛けを持ち上げてくれた。ここに来い、ということのようで、靴を脱いだリリアーヌはありがたくその隙間に入らせてもらった。
シャルルは部屋の明かりを消し、しばらくしてリリアーヌの隣に横になる気配がした。
「……ふふ」
「どうかしたのか?」
「いえ。……いつでしたか。オーレリアンを含めた三人で徹夜で作業をして、執務室で寝落ちをしたことがありましたよね」
「……あったな」
当時のことを思い出したのか、シャルルの声音も優しい。
……あれは、シャルルが将軍になって間もない頃のことだったか。
珍しくシャルルがミスをしてしまい、オーレリアンは怒る他の将軍をなだめ、リリアーヌは予定変更のために方々に頭を下げて回り、シャルルは報告書の作成に忙殺されたことがあった。
当然その日一日では仕事が終わらず、三人は初日を徹夜して二日目の夜になっても執務室で事後処理を行い――最終的に全員寝落ちしていた。
どうやら最初に糸が切れたように倒れたのはリリアーヌだったようで、シャルルとオーレリアンでリリアーヌをソファに運んでからもう少し作業をして、続いてシャルルがデスクに伏せ、最後にオーレリアンが床の上で膝を抱えるような姿勢でいびきをかき――気がついたら翌朝になっていた。
「あれは、申し訳ないことをした……」
「過ぎたことですし、新米将軍のシャルル様をいじめようとした意地悪将軍がちょっかいをかけたのが原因だと、後で分かったではないですか」
「そうだったな。……翌朝、三人ともひどい顔になっていたな」
「私は化粧をしていますから、顔中どろどろでオーレリアンに笑われましたね」
「僕もデスクに伏せて寝たから、頬に上着の皺の跡がくっきり残っていて」
「オーレリアンに至っては、背中が曲がった状態からなかなか回復できなくて……」
ふふ、と二人の笑い声が重なる。
本当に、三人で過ごした日々はどの場面を切り取っても美しい。それだけの時間と信頼を、積み重ねてこられたのだ。
「……シャルル様。私、頑張ります」
「リリ――」
「私は、あなたが少しでも笑顔でいられる時間を作って差し上げたい。あなたが負われる重責のことを一瞬でも忘れられる時間を……提供したいのです」
「リリアーヌ……」
「私はあなたの妻であり、補佐官なのですから。どうか、このリリアーヌを頼ってくださいね」
そう言って闇の中でシャルルの方に顔を向けると、ぼんやりとした輪郭のみが見える世界ではあるものの、仰向けになったシャルルが額に手を当てたのが分かった。
「……僕は我ながら、人を見る目があると思うな」
「何か?」
「いや、何でもない。……君の言葉、嬉しいよ。ありがとう、リリアーヌ」
「シャルル様……」
「明日からも、頑張ろう。……おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
静かに、言葉を交わす。
もう、聖堂にいるときに感じた気まずさはなかった。