英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 よく分からないままリリアーヌが彼の言うとおり室内に引っ込んで窓も閉めていると、バタバタと音を立ててシャルルが寝室に入ってきた。

「リリアーヌ、何をやっているんだ!」
「シャルル様のお姿が見えたので」
「……僕たちが結婚していることは、よそに知られてはならない。早朝とはいえ、君が窓から顔を覗かせる姿を近くに住む者に見られるかもしれないだろう」

 呆れたように言われた瞬間、どこか眠気が残っておりふわふわしていたリリアーヌは一気に覚醒して、自分の失態に気づいて顔が熱くなった。

「あっ……申し訳ございません。私、すっかり忘れて……」

 寝起きとはいえ、とんでもないミスをしてしまった。
 だがシャルルは青くなるリリアーヌを見てふっとまなじりを緩め、こちらにやってきた。

「いや、窓から顔を出すことすら許さないというのは異常なことなのだから、そんなに気に病まなくていい。ただ、これから気をつけてくれたら」
「はい、もちろんです」

 シャルルが大目に見てくれたのは助かるが、こんな情けない失敗をするなんてと思うと申し訳なさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。ベッドで目が覚めた瞬間まで時間が巻き戻ればいいのに、なんて思ってしまう。

 シャルルは「リリアーヌも、そういうミスをするんだな」と微笑み――そして、寝起きのためリリアーヌが着ているガウンが少しずれていることに気づいたようで、コホンと咳払いをして視線をそらした。

「ついでだから、今後のことだが。先ほど言ったように僕たちの結婚は公にしないので、君を堂々と屋敷に出入りさせることはできない。だから出退勤などの際には裏口から出てもらうし、専用の馬車に乗ってもらう」
「はい、ご配慮ありがとうございます」
「それから。父上はああ言っていたが僕は、毎日君がここに帰ってくる必要はないと考えている。結婚のことが露呈する確率が高くなるだけだからな。そういうことで王都内に家を借り、そこを拠点として使ってもらうのはどうだろうか」
「……あら。そうなると、私が周りの者に対して使った言い訳のとおりになりますね」

 リリアーヌは王城内の宿舎から引っ越す際に近くの部屋の者には、王都で家を借りるという話をしていたのだ。

 シャルルはうなずき、先ほどリリアーヌが閉めた窓の方を見やった。

「そちらの方が、君も動きやすいだろう。医者が言うに、父上の容態も今すぐ悪化するわけでもなさそうとのことだ。僕たちは、今僕たちがするべきことをすればいいはずだ」
「そうですね。やるべきことは、毎日たくさんありますし」

 リリアーヌが小さく笑うと、シャルルも笑みを返した。

「ああ。だから……リリアーヌはどうか、いつもどおりでいてくれ」
「シャルル様……」
「僕は君に、負い目がある。それは決して、僕が背負うものだとか君の立場だとかで片付けていい話ではない。……僕は、君にとっていい夫になれないかもしれない。でも少なくとも君の上官としては正しくあろうと心がける」

 その言葉は、恋に夢を見る令嬢が聞いたのであればショックを受けるかもしれない。

 だが、補佐官としてシャルルの信念と生き様を見てきたリリアーヌからするとさもありなんという内容だったので、微笑んでうなずいた。

「ええ、それで私は十分です」
「……ありがとう」
「さあ、そろそろ朝の仕度をしましょうか。……今日、オーレリアンにどのように切り出すべきか、悩ましいですね」
「そうだな。朝食を食べながら考えるとしようではないか、補佐官殿」

 シャルルがからかうように言ったので、リリアーヌは強気な笑みを返した。

「そうしましょうか、将軍閣下」
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