英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
「……」
「……」
「……ぷっ」

 いたたまれない空気の中で、最初に聞こえたのはオーレリアンが小さく噴き出す音だった。

「いやー、傑作傑作! 王女殿下がシャルルにお熱ってのは知っていたが、昨日の今日にこれが来るとは!」
「……オーレリアン」
「顔がいい男って罪だよなぁ。おまえ、見習い騎士の頃からモテまくってたんだろう?」
「昔の話だ」

 立ち上がったシャルルがやれやれと腕を回し、リリアーヌを見てきた。

「王女殿下に熱を上げられるのはもう慣れっこだと思っていたが……君が見ていると思うと、いたたまれない気持ちになってくる」
「なぜですか? シャルル様は上手にあしらってらっしゃったでしょう?」

 リリアーヌは、微笑んだ。

 リリアーヌからすると、「あらあら、まあまあ」という感じだ。五歳の王女はリリアーヌからすると自分の子どものような年齢なので、そんな彼女がシャルルに仔犬のようにじゃれついていても微笑ましいばかりだ。

 だがシャルルは苦く笑い、右手の拳で自分の左肩を軽く叩いた。

「いや……浮気現場を見られているように思われて」
「浮気も何も、シャルル様は別に私のことが好きだから結婚したわけではないのですから、問題はないでしょう」

 さも当然、とばかりにリリアーヌが言った瞬間、シャルルとの打ち合わせの際に使用していたらしい資料をデスクに置いたオーレリアンがさっとこちらを見る気配がしたが、放っておいた。

「それに結婚のことを公表していない以上、こういうことはこれからもあるかと。王女殿下はともかく、シャルル様に懸想する令嬢たちについては、これからもあしらっていかなければ」
「……本当に、結婚のことを言えたらそういうのも消えそうなのにな」
「待て待て。それは確かにそうだが、下手するとリリアーヌが刺されるぞ?」

 オーレリアンが、冗談なのか本気なのか分からない突っ込みを入れた。

「おまえ、自分がその顔面と肩書きでどれほどの女を惹き付けているのか、そろそろ自覚しろよ。むしろ、おまえの顔を見ても平然としていられるリリアーヌの方が貴重なんだからな」
「……そうなのか?」
「整った容姿をお持ちだとは思います」

 シャルルがこちらを見たのでリリアーヌが答えると、彼はなぜか複雑そうに目を細めた。

「……顔も身分も両親から受け継いだものだから、それで寄ってこられても嬉しくない。僕は、内面を見てくれる君たちがいいんだ」
「おうとも! こんなおきれいな顔なのに、かっとなるとすぐに手が出るところか?」
「実はお野菜が苦手で、晩餐会のときなどは噛まずに飲むように水で喉に流し込んでいるとか?」
「……ふふ。ああ、そういうところを見てくれるから、君たちがいいんだよ」

 シャルルは少し頬を引きつらせつつも、笑っていた。
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