英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
その日の夜、シャルルの屋敷に戻ったリリアーヌは自分用にあてがわれた部屋にいた。
三階建ての屋敷の最上階が元々シャルルの部屋や寝室がある区域で、そこの一角をリリアーヌの私室として譲ってもらった。急ぎの結婚だったので室内はまだがらんとしているが、シャルルはリリアーヌのために家具を発注してくれたそうだ。
リリアーヌは、テーブルに置いていた箱を手に取った。その蓋を開いて出てきたのは、銀の細工が美しい髪飾り。結婚のときに、夫が妻の髪に初めて飾る装飾品――「誓いの髪飾り」と呼ばれるものだ。
今日王女も言っていたのだが、王国ではこの髪飾りが結婚記念品となる。
この国では、指輪やネックレス、ブレスレットなどは誰が誰に贈っても構わない。だが女性の髪飾りだけは、独身時代は親や兄弟のみ贈れて、結婚後は夫しか贈ってはならない。メイドが結ってくれた髪を乱してよいのは夫だけ、という意味らしい。
だから王女のように、若い女性たちは未来の夫から髪飾りを贈られることを夢見る。そして、結った髪を乱してほしい、と甘い期待に胸を震わせる。
(……私もずっと昔は、そんなことを考えていたっけ)
髪飾りを観察してから箱に戻したリリアーヌは、小さく笑みをこぼす。
まだ、男爵令嬢だった頃。父親の言いなりになるのが当然だと思っていた頃は、いつか父が決めた男性と結婚するのだろうと考えていた。だが家を出てからは仕事で忙しく、そうしているうちに年を取っていったので少女のような夢を抱くこともなくなった。
寝る前なので、リリアーヌの髪はメイドが緩めに結ってくれた。昨晩、シャルルとの間に何もなかったのだと知るとメイドたちは若干気落ちしていたが、「でもまあ、いずれ」「シャルル様はお若いのですから、そう遠くない未来に」と気持ちを切り替えていた。
リリアーヌはもう、夢に浸る若い娘ではない。
甘い夢に浸るだけでは解決できない大きな問題を抱える上官のために尽くすことを決めた、一人の大人なのだ。
昨夜とは逆にリリアーヌが先に寝室に入ると、しばらくしてシャルルが上がってきた。
「リリアーヌ、もう来ていたのか」
「はい」
「……。……もう数日もすれば、君の私室にベッドが届く。それに君の仮住まい用の家の内装も、もう少ししたら完成するはずだ。そうすれば一人で寝られるようになるから、それまでは我慢してほしい」
シャルルが申し訳なさそうに言ってリリアーヌの隣に座ったので、リリアーヌは小さく笑った。
「……我慢なんて、しておりませんよ」
「リリアーヌ……」
「あなたがどのような気持ちで私を指名したのかは知らないし……知る必要もないと思っています」
リリアーヌが夫の方を見ずに言葉を紡ぐと、隣でシャルルが少し不満そうな顔をしたのが気配で分かり、笑いをかみ殺した。
「でもそれは、興味がないからではないのです。……私は、知らなくていいと思っている。わざわざ口で言われなくても……十分だと思っているのです」
「……僕は決して、君だと都合がいいからなどという理由で君を指名したわけではないからな」
それでも、とばかりにシャルルが言うので、リリアーヌは目を伏せてうなずいた。
「分かっておりますよ。あなたがそういう方でないことくらい……四年前から分かっております」
「……」
三階建ての屋敷の最上階が元々シャルルの部屋や寝室がある区域で、そこの一角をリリアーヌの私室として譲ってもらった。急ぎの結婚だったので室内はまだがらんとしているが、シャルルはリリアーヌのために家具を発注してくれたそうだ。
リリアーヌは、テーブルに置いていた箱を手に取った。その蓋を開いて出てきたのは、銀の細工が美しい髪飾り。結婚のときに、夫が妻の髪に初めて飾る装飾品――「誓いの髪飾り」と呼ばれるものだ。
今日王女も言っていたのだが、王国ではこの髪飾りが結婚記念品となる。
この国では、指輪やネックレス、ブレスレットなどは誰が誰に贈っても構わない。だが女性の髪飾りだけは、独身時代は親や兄弟のみ贈れて、結婚後は夫しか贈ってはならない。メイドが結ってくれた髪を乱してよいのは夫だけ、という意味らしい。
だから王女のように、若い女性たちは未来の夫から髪飾りを贈られることを夢見る。そして、結った髪を乱してほしい、と甘い期待に胸を震わせる。
(……私もずっと昔は、そんなことを考えていたっけ)
髪飾りを観察してから箱に戻したリリアーヌは、小さく笑みをこぼす。
まだ、男爵令嬢だった頃。父親の言いなりになるのが当然だと思っていた頃は、いつか父が決めた男性と結婚するのだろうと考えていた。だが家を出てからは仕事で忙しく、そうしているうちに年を取っていったので少女のような夢を抱くこともなくなった。
寝る前なので、リリアーヌの髪はメイドが緩めに結ってくれた。昨晩、シャルルとの間に何もなかったのだと知るとメイドたちは若干気落ちしていたが、「でもまあ、いずれ」「シャルル様はお若いのですから、そう遠くない未来に」と気持ちを切り替えていた。
リリアーヌはもう、夢に浸る若い娘ではない。
甘い夢に浸るだけでは解決できない大きな問題を抱える上官のために尽くすことを決めた、一人の大人なのだ。
昨夜とは逆にリリアーヌが先に寝室に入ると、しばらくしてシャルルが上がってきた。
「リリアーヌ、もう来ていたのか」
「はい」
「……。……もう数日もすれば、君の私室にベッドが届く。それに君の仮住まい用の家の内装も、もう少ししたら完成するはずだ。そうすれば一人で寝られるようになるから、それまでは我慢してほしい」
シャルルが申し訳なさそうに言ってリリアーヌの隣に座ったので、リリアーヌは小さく笑った。
「……我慢なんて、しておりませんよ」
「リリアーヌ……」
「あなたがどのような気持ちで私を指名したのかは知らないし……知る必要もないと思っています」
リリアーヌが夫の方を見ずに言葉を紡ぐと、隣でシャルルが少し不満そうな顔をしたのが気配で分かり、笑いをかみ殺した。
「でもそれは、興味がないからではないのです。……私は、知らなくていいと思っている。わざわざ口で言われなくても……十分だと思っているのです」
「……僕は決して、君だと都合がいいからなどという理由で君を指名したわけではないからな」
それでも、とばかりにシャルルが言うので、リリアーヌは目を伏せてうなずいた。
「分かっておりますよ。あなたがそういう方でないことくらい……四年前から分かっております」
「……」