英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
「四年前のあの日、あなたが通りがからなかったら私はきっと、父によって無理矢理文官の仕事を辞めさせられ、顔も知らない男のもとに嫁がされていたでしょう」

 金に目がない父は、リリアーヌを金持ちの中年男性に売ろうとした。シャルルに声をかけられなかったら、今頃リリアーヌは望んでもいない子をたくさん産まされていたかもしれないし……夫からの暴力で死んでいた可能性もある。

 もちろん、嫁いだ先の男が予想以上にいい人だった可能性もあるが、少なくともこうして誰かのために生きたい、誰かの助けになりたい、と仕事に邁進する道は閉ざされていた。

「だから私は、あなたの助けになりたいのです。あなたの辛さを少しでも引き受けられるのなら、妻にでも何にでも喜んでなります」
「……そんな自己犠牲精神で、僕の申し出を受けたのか」
「それだけではありませんよ? 私だって、いくら恩人でも好意の欠片もない人のところに平気で嫁げるほど、器用ではないので」

 ふふっと笑って夫の方を見ると、案の定彼は虚を衝かれたような顔をしていた。

「あなたもオーレリアンも、私にとってかけがえのない人――大切な友です。男女の友情なんて成立しないと思っていたけれど、きちんと成立した。そしてその先に、あなたとの結婚があった。それは驚きではありますが、決して嫌ではないのです」
「……そうか」
「はい。……ですので、シャルル様」

 リリアーヌは顔だけでなくシャルルの方に体を向け、自分のお腹にそっと両手を当てた。

「いつでも、私に妻の勤めをお命じください。……大丈夫です。私はあなたがお優しい素敵な人だと知っているし、あなただって私が何を考えているのかよくご存じのはず」
「リリアーヌ」
「前にも申しましたように、私は年齢が年齢ですので、子を産むことのできる時間がお若い令嬢ほど残されておりません。だからといって私がシャルル様を襲うのは、さすがに外聞が悪いですし……あなたのお声がけがあるまで、待ちます」
「……」

 シャルルの目が、濃い青色に見える。彼がとても悲しいときや怒っているときなどに目の色が濃く見えることをリリアーヌは知っているが、今の彼はどういう感情なのだろうか。

 シャルルはしばし黙っていたがやがて、リリアーヌの肩をそっと掴んだ。痛くはないが、離すつもりもないという意志も感じられる強さだ。

「ありがとう、リリアーヌ。僕は……本当に、君の言葉に、君の行動に、助けられてばかりだ」
「それが補佐官としての役目ですからね」
「それもそうだね。……だから僕は君のその恩義と忠誠に応えられるよう、君を大切にすると誓うよ」

 薄闇の中で、シャルルが微笑んだ。

 いつも彼は遠慮がちに、上品に微笑むのだが――今はその笑みが妙になまめかしく感じられて、不覚にもリリアーヌの心臓が跳ねた。

「リリアーヌ、君と出会えてよかった。君を、補佐官にできてよかった。君に、求婚を受けてもらえてよかった。……君のことが、好きだよ」
「……」
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