英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~

新妻の悩み

 翌朝、リリアーヌはメイドにあてがわれた部屋で目が覚めた。

(ここ最近の私、毎朝知らない部屋で目覚めているわね……)

 昨夜の出来事を思い出したリリアーヌは、ベッドの上で膝を抱えて丸くなってしまう。

 ……初夜にしても昨夜にしても、わりとリリアーヌの方から乗り気でシャルルに迫った自覚がある。そしてそのときにもしシャルルも乗り気になってきたとしても問題ないどころか、これで妻の役目が果たせると安心しただろう。

 だがそれは、「シャルルは自分のことが好きだから、結婚を申し出たわけではない」と、思っていたからできたことだ。

 これはシャルルにとって仕方のないこと、リリアーヌにとってはシャルルの力になれるのだからむしろありがたいこと、と割り切った関係だと思っていたから、リリアーヌは慣れないながらにシャルルに迫ることができたのだ。

 きっとシャルルも、父親から確実に爵位を譲り受けられるようにするため、と腹を括ってリリアーヌを抱くことができるだろう、と思っていたから。

 それなのに、昨夜のあれは一体どういうことなのだろうか。

(好き? シャルル様が私のことを、好き……ですって……?)

 せっかく今日はクリームたっぷりのケーキを食べる幸せな夢を見られたのに、現実はどこまでも残酷だった。

 おそらく王国の令嬢たちのほとんどは、シャルルから「君のことが、好きだよ」と言われたなら飛び上がって喜ぶだろう。少なくとも、あの麗しい美貌でそんなことをささやかれて悪い気がする人はいないはずだ。

 ……リリアーヌだって、嫌だとは思わない。誰だって、嫌われるよりは好かれたい。それが敬愛する上官であれば、なおさらだ。

 ただし、こういう方向性の「好き」は困る。
 困るというより、都合が悪い。

(私、どんな顔でシャルル様に会えばいいの……?)

 リリアーヌが部屋から出ると、物音を聞いていたらしいメイドが既に廊下に立っていた。

「おはようございます、奥様。よくお眠りになれましたか?」
「おはよう。昨夜はいきなりのことだったのに、ベッドの用意をしてくれてありがとう。よく眠れたわ」

 ケーキを食べる夢は見られたのだから、少なくともベッドには問題がなかった。

「それはようございました。……シャルル様ですが、もう出られております」
「えっ、まだそんな時間ではないでしょう?」

 驚いてリリアーヌが問うと、メイドはばつが悪そうに目を伏せた。

「それが、朝日が昇るよりも前に起床されて、すぐに城に出られてしまったのです。『リリアーヌに合わせる顔がない』とおっしゃっていて」
「そんな……」

 それは間違いなく、昨夜のリリアーヌの「ご乱心」発言が原因だろう。

(だって、急に好意を向けられるのですもの……)

 シャルルがリリアーヌのことをなんとも思っていなければ夜伽も何でもどんとこいであるのに、彼がリリアーヌのことを好いているとのだと思うとそうもいかなくなる。
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