英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
「……分からない」
「そうか」
「だってこれまで、誰かを好きになったことなんてないのですもの。シャルル様だって、格好いい、素敵だな、好ましいな、と思ったことはあるけれど、その感情と『好き』という気持ちは何が違うのかが分からない」

 文官時代から優秀だと褒められ、補佐官になってからもシャルルやオーレリアンから「リリアーヌは優秀だ」と言われてきた。実際、勉強は昔から得意だったし計算は速く、字もきれいだ。同世代の女性と比べても、頭の中の知識量では決して劣っていないと自負している。

 だが、いくら勉学や仕事で優秀だと言われても、恋愛のことになるとてんでわけが分からなくなる。誰かに「好き」と言われてどう返事をすればいいのかも、結婚したばかりの夫に向ける自分の感情が何なのかも、分からない。

 恋多き男であるオーレリアンからすると、馬鹿馬鹿しい悩みかもしれない。だが彼はうつむくリリアーヌの額にとんとんと触れて、顔を上げさせた。

「悩むなんて、リリアーヌらしくもないな。というか、そんなの考えても無駄だろう」
「無駄?」
「恋愛感情の形なんて、人によって違うんだ。教科書があるわけじゃないし、あったとしても書かれているとおりのことができるわけでもない。そういう意味で、無駄だと言っているんだ」

 リリアーヌが顔を上げると、オーレリアンはにっと笑った。

「たとえば……そうだな。シャルルがおまえにべったべたな愛の言葉をささやいてきたとしたら、どうする?」
「……愛の言葉? ごめんなさい、思いつかなくて……」
「そうか。じゃあ逆に、もしシャルルがおまえをお飾りの妻にして、他の女を自邸に連れ込んで愛をささやいているとしたら、おまえはどうする?」
「どう、って……」
「いいから、想像してみろ」

 オーレリアンに促されて、リリアーヌはあまり得意ではないものの想像の世界を頭の中で広げた。

 ――シャルルが、「僕は、君を愛するつもりはない」と言って別の女性の肩を抱き、寝室に消えていく。
 シャルルはリリアーヌが近くにいてもその恋人ばかりを構い、「かわいい」「素敵だ」とささやいている――

「……なんだか、悔しい、かも」
「ならばそれがおまえの恋の形の答えじゃないのか? おまえは少なくとも、シャルルがおまえ以外の女に好意を向けるのを想像すると悔しくなってくる。自分がいるのに、と辛くなる。……それって十分、おまえがシャルルのことを特別扱いしているってことになるんじゃないかな」
「そうなのですか? よく分からないのですが……」
「それだけの独占欲があれば、十分恋や愛と結びつけられるだろう」
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