英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 その場に残されたリリアーヌはしばし、ソファに座ったままぼんやりとしていた。

 先ほどのシャルルの言葉の意味は、当然分かっている。妻の役目――夫に抱かれて子どもを作るということを望むのであれば夫婦の寝室に行くし、今はまだそれは早いと思うのならばここで一人で寝てほしい、ということだ。

(……シャルル様が、私を求められている)

 リリアーヌは小さく笑いをこぼし、未だかっかと熱を放つ自分の頬に触れた。

『自分に嘘をつくなよ。シャルルは狭量でも馬鹿でもないんだから、おまえの言葉をちゃんと聞いてくれる。たださっきも言ったように、言いたかった言葉を言えないまま終わらせるのだけは、絶対にするな』

(本当にそうよね、オーレリアン)

 ふっと、自嘲の笑みが漏れてしまう。

 リリアーヌは、「好き」がどんなものなのか分からない。シャルルが自分に向けてくれる「好き」に報えるのかどうかも、分からない。

 それでも、リリアーヌの気持ちは決まっていた。

 リリアーヌが立ち上がって私室から出ると、廊下で待機していたらしいメイドが意外そうな目でこちらを見てきた。
 リリアーヌが彼女に微笑みかけて、「せっかくベッドを用意してくれて悪いけれど、今日はあちらで寝るわ」と言うと、彼女は嬉しそうに目尻を緩めてお辞儀でリリアーヌを見送ってくれた。

 ……この寝室に入るのも、今日で三夜目だ。

 シャルルに抱かれることを想定しながらも初夜も昨日もたいして緊張もせずにここに来られたのに、今日はいやにどきどきする。シーツに触れるとその冷たさにびっくりしつつ、緊張で体がほてっている今はこれくらいの冷たさがちょうどいいとも思えた。

(……シャルル様)

『……君のことが、好きだよ』

 昨夜、真剣な表情でそう言ったシャルル。

 六年間、密かに大切に育てた想いを勇気を出して告げたのだろうに、あろうことかリリアーヌはそれをご乱心だと言い、彼から逃げてしまった。

(もう、逃げないわ)

 自分が今、シャルルに向ける気持ちがいわゆる「好き」なのかどうかは、分からない。

 だが少なくとも……公爵家のため、という目的以上に、リリアーヌが進んでシャルルに触れてほしいと思っているのは、事実だった。
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