英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~

雪解けと予感

 聖王暦四十五年の、冬。

「……行ってくる。不在の間のことは、頼んだ」
「はい、お任せください。いってらっしゃいませ、シャルル様」

 冷たい風が吹き付ける王都の門の前で、リリアーヌは深くお辞儀をした。騎乗したシャルルはそんな彼女にうなずいてみせてから馬首を返し、オーレリアンや騎士たちを率いて出発した。

 西の共和国との、和平交渉。
 決裂必至だろうと誰もが噂する遠征へと、シャルルは向かっていった。

(どうか……ご無事で)

 一行が見えなくなるまで見送ってからリリアーヌはもう一度礼をして、きびすを返した。

 今は人目があるためシャルルとの別れはあっさりしたものになったが、彼との「お別れ」は今朝屋敷でしっかり行っている。

『僕が帰る頃には、もう消えているだろうな』

 残念そうに言いながら、シャルルはリリアーヌの右の二の腕に施した赤い所有印を指先で撫でた。
 彼は元々あまりキスマークに関心がないタイプらしく、リリアーヌも仕事をしていて腕まくりをしたり着替えたりするので、誰かの目に触れかねない場所にマークをされるのは困ると思っていた。

 だが、どんなにスムーズに話が進んだとしても二十日はかかる遠征に出る前なのだからと、双方合意の上でリリアーヌの腕にマークを残していた。
 本当はリリアーヌもシャルルの体にマークをしたかったのだが、さすがに彼は遠征先で誰かに見られる可能性がありまくるため、と断念した。

(私たちの結婚を公表できれば、こういうこともおおっぴらにできるようになるのね)

 印の施された二の腕をさすりながらそんなことを思うが……それはつまり、デュノア公爵の身に何かあった場合、の話である。縁起でもないことを考えるべきではない。

 デュノア公爵とは、結婚を命じられたときに会って以来だ。あの後も公爵家の執事から近況報告の手紙などは届くが、公爵本人との接触はない。シャルルはたまに実家に帰って父親の様子を見ているようだが、「今すぐ、ということはないようだ」くらいしか言わなかった。

(仮にも義理のお父様なのだから、険悪な関係ではいたくないのだけれど……)

 実際、何回かリリアーヌの方から見舞いに行く旨を提案したのだが、公爵の方が断ってきた。シャルルは「弱っている姿を見られたくないのだろう」と慰めてくれたがおおよそ、渋々結婚を認めただけの義理の娘の顔を見たくないだけだろう。
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