英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 終業時間になった。

「じゃ、俺は一足先に帰りまーす!」

 本日分の仕事を終えたオーレリアンがやけに楽しそうに言うので、まだ書類の清書作業を行っていたリリアーヌは顔を上げた。

「ずいぶんご機嫌ですね。恋人とのデートでしょうか?」
「ははっ、リリアーヌは鋭いなぁ。そのとおり、この前知り合った女の子と酒場に行くんだよ!」
「それはそれは。飲み過ぎて明日使い物にならないようにしてくださいね」
「分かってるさ。リリアーヌも、早く帰れるようにしろよ」

 陽気なオーレリアンに手を振って応えたリリアーヌは、壁の時計を見た。

(もう少ししたら、終わるかしら)

 リリアーヌは、自分の字にはかなり自信があった。オーレリアンはとんでもない悪筆で、またシャルルも珍しく「字と絵画は得意ではない」と顔をしかめて言うくらいなので、文字書きの仕事は必然的にリリアーヌに回ってくる。
 麗筆を褒められるのは嬉しいし、そもそもこういうのが自分の仕事なので、リリアーヌは報告書の清書や手紙の代返作業などを好んで行っていた。

 オーレリアンが帰り、シャルルもいない執務室は静かだ。夕焼けの色に染まる窓の向こうから、かすかに人の声が聞こえてくるくらい。

(この時間が一番、集中できるのよね)

 基本的に物静かなシャルルはともかく、オーレリアンは一人で勝手にしゃべるのでうるさい。彼の明るさに救われることもあるが、集中して文字を書きたいときには申し訳ないが雑音でしかない。

 そうして、インクにペン先を浸したリリアーヌだが――ドアが開いた。
 ノックもなしに開かれたので、オーレリアンが忘れ物を取りに帰ってきたのだろうと思い、リリアーヌは気にせずに書類にペンをかざしたのだが。
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