英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~

望まぬ再会の末に

 完全内密に医者を探すというのは難しいようで、メイドはしきりに申し訳なさそうにしていた。

(少なくともシャルル様が戻ってこられたら、相談できるわ)

 メイドには無理のない範囲で医者を探すように改めて頼み、リリアーヌは念のために健康に気をつけるようにした。

 元々酒などはあまり飲まない方だが、好物の甘いものも控えておく。食事も、朝晩のメニューだけでなく昼食でも気をつけるべきなので、毎日弁当を持って仕事に向かった。

 メイドは「お仕事も休まれた方が……」と言うが、シャルルもオーレリアンもいない状態で執務室が無人になる状況は避けたかった。だがメイドの気持ちも分かるので、いつもより遅め出勤早め退勤をして、家にいる時間を長くした。

 相変わらず体調に変化がないので、やはり勘違いなのか……とリリアーヌは落胆したが、メイド曰くお腹が大きくなるまで自覚症状が一切ない人もいるそうだから、諦めるのはまだ早いという。

(それに……いよいよ明日が、シャルル様たちの帰城予定日だわ)

 執務室の暦を見上げながら、リリアーヌは画鋲を刺した日付のところをじっくり眺めた。

 報告書が一度届いてからは音沙汰ないものの、便りがないのはよい知らせ、とも言われる。きっとシャルルたちは問題なく、復路を戻ってきている頃だろう。

(どうしよう……シャルル様に、なんて切り出せばいいかしら?)

 メイドは昨日の夕方にようやく医者を見つけたらしく、「四日後、診察の予約をしました」と誇らしげに報告してくれた。その頃にはシャルルも戻ってきて事後処理なども終えているだろうから、もしいい報告だったら彼にもすぐに知らせられるだろう。

 リリアーヌは暦の受診予定日の日付の部分をこっそり指でなぞり、零れそうになる笑みをなんとか堪えた。

 もし、もしも、妊娠していたら。

 シャルルはきっと、喜んでくれるだろう。デュノア公爵も、安心してくれるだろうし……オーレリアンにも報告しなければ。

(ああ、いけない。まだ分かってもいないのに、頬が――)

 そこでふと、リリアーヌは動きを止めた。今、暦に背を向けるために振り返ったとき、くらりときた気がしたのだ。

 リリアーヌは騎士ではないものの、体幹は悪くない。それに貧血や立ちくらみなども起きたことがないので、こうしてふらつくことなんて今までほとんどなかった。

(気のせいかしら? ……でも、もしかしたら)

 本当に、「もしかしたら」の話ではある。それでも、自分の立場を考えると絶対安全な方法を採った方がいいだろう。

 リリアーヌは今日の仕事予定を確認し、昼休みを短縮して残っている書類作業を片付けることにした。三人分のポストを見て何も届いていないのを確認して、別部署に渡す書類を城内郵便係に託してサインをしたら、業務終了。

(今日は、早めに帰ろう)

 くらりときたのはあの一度だけなので、思い込みなのかもしれない。だが……あれが妊娠初期症状の可能性もある以上、「まあいいか」で済ませない方がいい。
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