英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
「私は……私は、あなたのもとから離れられて満足しています」
だんだん臭いが頭痛を引き起こしてきたため、リリアーヌは痛む頭を抱えながら必死に言う。
「母も弟も、平民として生きる道を選びました。もう今更、裁判の結果なんて誰も気にしていません」
「そうだとしても、リリアーヌ。おまえだけには私のことを分かってほしいんだよ」
リリアーヌがふらついてもお構いなしに、父親は悲哀たっぷりに言い募ってくる。
いよいよ口元を覆うだけでは足りなくて鼻も手で覆ったが、それを見て何か勘違いした様子で父は「そうだよな、悲しいよな」と哀れっぽい声を上げた。
「リリアーヌ、おまえは今もデュノア公爵家の令息に仕えているのだろう?」
「……だから、何ですか」
「おまえが説明すればきっと、公爵令息が口添えをしてくださるだろう。そうすればリリアーヌはまた、ラチエ男爵令嬢の名を取り戻すことができるはずだ」
何を……と言いかけたリリアーヌは、遅れて気づいた。
この男は、リリアーヌを使って名誉を回復しようとしているのだ。リリアーヌがシャルルに嘆願して、実家の取り潰し処分を撤回してもらう。そうすれば自分はまた、貴族に戻ることができる、と。
(ばっかじゃないの……!?)
そんなの、できるはずがない。
だいたい裁判は一年近く前に終わったのだから、今更判決内容が変わるわけがない。
おおよそ、王都から追放処分を受けた父はこれまではなんとか食いつないできたものの金が底をつき、リリアーヌに助けを求めることにしたのだろう。
母と弟の行方は分からずとも、リリアーヌがシャルルの補佐官であるというのは父も知っていたから。
「そんなの、不可能です」
「いいや、かわいいおまえが甘えてすがればきっと、公爵令息も恩情をかけてくださるだろう」
「そっちではありません! 裁判による判決を覆すことなんて、できません。ラチエ家の名に泥を塗り重ねるだけです」
「そんなことはない! リリアーヌだって、男爵令嬢に戻りたいだろう? 家名なしは辛いだろう?」
父は哀れっぽい声音で言うが、残念ながらリリアーヌは既に人妻だ。
シャルルと結婚したことでデュノアの名を譲り受けたし、さらに言えば自分の背後には養父となってくれたリュパン元帥がいる。ラチエの名なんて今更、必要ない。
「私はシャルル様の補佐官として、十分満ち足りた日々を送れています。今更男爵家の名なんて必要ありませんし……あなたを助けるつもりも、微塵もありません」
「そう言わないでくれ! ……ああ、もしかして昔、無理矢理結婚させようとしたときのことを根に持っているのか? リリアーヌは子どもの頃から、頑固な子だなぁ。あのときのことは、悪かったと思っているよ」
「悪かった」と言いながらまったく悪びれずにニコニコしている男が、もはや気味が悪い。こんな男との話なんて切り上げて、早く帰りたいのだが――
(でも、無理な動きをしたら……)
もしかすると、の可能性を考えると父親と真っ向勝負をすることはできなくなる。
落ちぶれたとしても、父は成人男性、リリアーヌは非力な女性だ。今も後ろから抱え込まれている以上、無傷で逃げ出すのは難しい。
(でも、待って。もしこの人に、妊娠の可能性が知られたら……)
ぞっとした。
それと同時に吐き気がしてきて、思わずえずいてしまう。
だんだん臭いが頭痛を引き起こしてきたため、リリアーヌは痛む頭を抱えながら必死に言う。
「母も弟も、平民として生きる道を選びました。もう今更、裁判の結果なんて誰も気にしていません」
「そうだとしても、リリアーヌ。おまえだけには私のことを分かってほしいんだよ」
リリアーヌがふらついてもお構いなしに、父親は悲哀たっぷりに言い募ってくる。
いよいよ口元を覆うだけでは足りなくて鼻も手で覆ったが、それを見て何か勘違いした様子で父は「そうだよな、悲しいよな」と哀れっぽい声を上げた。
「リリアーヌ、おまえは今もデュノア公爵家の令息に仕えているのだろう?」
「……だから、何ですか」
「おまえが説明すればきっと、公爵令息が口添えをしてくださるだろう。そうすればリリアーヌはまた、ラチエ男爵令嬢の名を取り戻すことができるはずだ」
何を……と言いかけたリリアーヌは、遅れて気づいた。
この男は、リリアーヌを使って名誉を回復しようとしているのだ。リリアーヌがシャルルに嘆願して、実家の取り潰し処分を撤回してもらう。そうすれば自分はまた、貴族に戻ることができる、と。
(ばっかじゃないの……!?)
そんなの、できるはずがない。
だいたい裁判は一年近く前に終わったのだから、今更判決内容が変わるわけがない。
おおよそ、王都から追放処分を受けた父はこれまではなんとか食いつないできたものの金が底をつき、リリアーヌに助けを求めることにしたのだろう。
母と弟の行方は分からずとも、リリアーヌがシャルルの補佐官であるというのは父も知っていたから。
「そんなの、不可能です」
「いいや、かわいいおまえが甘えてすがればきっと、公爵令息も恩情をかけてくださるだろう」
「そっちではありません! 裁判による判決を覆すことなんて、できません。ラチエ家の名に泥を塗り重ねるだけです」
「そんなことはない! リリアーヌだって、男爵令嬢に戻りたいだろう? 家名なしは辛いだろう?」
父は哀れっぽい声音で言うが、残念ながらリリアーヌは既に人妻だ。
シャルルと結婚したことでデュノアの名を譲り受けたし、さらに言えば自分の背後には養父となってくれたリュパン元帥がいる。ラチエの名なんて今更、必要ない。
「私はシャルル様の補佐官として、十分満ち足りた日々を送れています。今更男爵家の名なんて必要ありませんし……あなたを助けるつもりも、微塵もありません」
「そう言わないでくれ! ……ああ、もしかして昔、無理矢理結婚させようとしたときのことを根に持っているのか? リリアーヌは子どもの頃から、頑固な子だなぁ。あのときのことは、悪かったと思っているよ」
「悪かった」と言いながらまったく悪びれずにニコニコしている男が、もはや気味が悪い。こんな男との話なんて切り上げて、早く帰りたいのだが――
(でも、無理な動きをしたら……)
もしかすると、の可能性を考えると父親と真っ向勝負をすることはできなくなる。
落ちぶれたとしても、父は成人男性、リリアーヌは非力な女性だ。今も後ろから抱え込まれている以上、無傷で逃げ出すのは難しい。
(でも、待って。もしこの人に、妊娠の可能性が知られたら……)
ぞっとした。
それと同時に吐き気がしてきて、思わずえずいてしまう。