英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
「お、おい、どうしたリリアーヌ?」
「はな、して……! もう、私、あなたとは関係ないから……!」
「そうはいかないだろう! ……ん? おまえまさか、デュノア公爵令息と……?」
……おそらくただの当てずっぽうなのだろうが、今のリリアーヌには堪える一撃だった。
リリアーヌの体が震えたのを、父親も気づいたようだ。そしてもしこの当てずっぽうが間違っていたなら、気丈な娘のことだから「そんなわけないでしょう」と即答するはずだとも予想できただろう。
「まさか……おまえ、公爵令息に取り入ることができたのか!? お腹に赤ん坊がいるのか!?」
「そんなわけ、ありません!」
焦ってリリアーヌは言うが、その焦りも実の父にはお見通しだったようだ。
「いいや、隠さなくていいぞ! ああ、思い出した。おまえのお母様も、おまえがお腹にできたときには体調が悪そうにしていたものだ!」
今更母親の話なんてしないでほしいと思うが、声にならない。
頭痛に加えて吐き気までしてきたリリアーヌは無言で首を横に振るが、その様はますます父親を増長させるだけだった。
「でかした! そうとなれば、公爵令息もおまえのことを無下にはできまい! ……まさか、おまえの父である私を犯罪者扱いするわけにもいかないだろうしな!」
そういうことか、とリリアーヌは最悪の展開に気づく。だがもがこうにも後ろからがっちり捕らえられているし、ただでさえ今のリリアーヌは全力で抵抗できる体力もない。
「公爵令息はどこにいる? すぐに知らせなければ!」
「や、やめて……!」
リリアーヌは全力を振り絞って右足を前に振り上げ、そして後ろに蹴るようにかかとを父親の右足に叩き込んだ。
狙いを定めることもできないがむしゃらな一撃だったが、リリアーヌのブーツのヒールがいい場所に決まったようでがつっとした骨の手応えがあり、悲鳴と共に腕の拘束が緩んだ。
(今だ……!)
すぐさまリリアーヌは父親の腕を押しのけて、その中から抜け出した。
(門のところまで戻れたら、誰かがいるはず……!)
一縷の望みをかけて走り出すリリアーヌだったが、陰から出る直前に後ろから腕を引かれ、たたらを踏んでしまう。
「いっ……!」
「暴れるな! リリアーヌ、いい子だからおとなしくしていなさい。このお父様が、おまえのこともお腹の赤ちゃんのことも、守ってやるからな……」
振り返った先で、男がにやりと笑っている。
……こんな顔を、リリアーヌは知らない。
腐っていても、リリアーヌはこの男の娘だった。
ろくでもない父親だったがそれでも最低限の愛情はあったし、子どもの頃には遊んでくれたり服を買ってくれたりしたこともある。
嫌いだけど、大嫌いにはなれなかった。
裁判で有罪判決が下ったときも、死刑でなくてよかった、どこかで生きていてくれればいい、と思っていた。
リリアーヌが生まれたときに涙を流して喜び、「花の女神・リリアーヌ」と命名してくれたという父のことを、憎みきることはできなかった。
……それなのに。
我欲にまみれた顔をする父を見た瞬間、リリアーヌの中に残っていた最後の愛情が音もなく砕け散った。
この男はもう、リリアーヌのことを娘として愛してくれていない。
彼にとってのリリアーヌは、ただの「道具」なのだ――
「……い、やだ……!」
「リリア――」
「嫌だ!」
リリアーヌは声を張り上げるが、かっとなったらしい父親がリリアーヌの手首を握りしめた。痩せこけているとはいえ父の手は大きくて余裕でリリアーヌの手首を一周し、指の先が痺れるほど圧迫してくる。
「黙らんか!」
「嫌! 助けて! 助けて、シャルルさ――」
「リリアーヌ!」
「はな、して……! もう、私、あなたとは関係ないから……!」
「そうはいかないだろう! ……ん? おまえまさか、デュノア公爵令息と……?」
……おそらくただの当てずっぽうなのだろうが、今のリリアーヌには堪える一撃だった。
リリアーヌの体が震えたのを、父親も気づいたようだ。そしてもしこの当てずっぽうが間違っていたなら、気丈な娘のことだから「そんなわけないでしょう」と即答するはずだとも予想できただろう。
「まさか……おまえ、公爵令息に取り入ることができたのか!? お腹に赤ん坊がいるのか!?」
「そんなわけ、ありません!」
焦ってリリアーヌは言うが、その焦りも実の父にはお見通しだったようだ。
「いいや、隠さなくていいぞ! ああ、思い出した。おまえのお母様も、おまえがお腹にできたときには体調が悪そうにしていたものだ!」
今更母親の話なんてしないでほしいと思うが、声にならない。
頭痛に加えて吐き気までしてきたリリアーヌは無言で首を横に振るが、その様はますます父親を増長させるだけだった。
「でかした! そうとなれば、公爵令息もおまえのことを無下にはできまい! ……まさか、おまえの父である私を犯罪者扱いするわけにもいかないだろうしな!」
そういうことか、とリリアーヌは最悪の展開に気づく。だがもがこうにも後ろからがっちり捕らえられているし、ただでさえ今のリリアーヌは全力で抵抗できる体力もない。
「公爵令息はどこにいる? すぐに知らせなければ!」
「や、やめて……!」
リリアーヌは全力を振り絞って右足を前に振り上げ、そして後ろに蹴るようにかかとを父親の右足に叩き込んだ。
狙いを定めることもできないがむしゃらな一撃だったが、リリアーヌのブーツのヒールがいい場所に決まったようでがつっとした骨の手応えがあり、悲鳴と共に腕の拘束が緩んだ。
(今だ……!)
すぐさまリリアーヌは父親の腕を押しのけて、その中から抜け出した。
(門のところまで戻れたら、誰かがいるはず……!)
一縷の望みをかけて走り出すリリアーヌだったが、陰から出る直前に後ろから腕を引かれ、たたらを踏んでしまう。
「いっ……!」
「暴れるな! リリアーヌ、いい子だからおとなしくしていなさい。このお父様が、おまえのこともお腹の赤ちゃんのことも、守ってやるからな……」
振り返った先で、男がにやりと笑っている。
……こんな顔を、リリアーヌは知らない。
腐っていても、リリアーヌはこの男の娘だった。
ろくでもない父親だったがそれでも最低限の愛情はあったし、子どもの頃には遊んでくれたり服を買ってくれたりしたこともある。
嫌いだけど、大嫌いにはなれなかった。
裁判で有罪判決が下ったときも、死刑でなくてよかった、どこかで生きていてくれればいい、と思っていた。
リリアーヌが生まれたときに涙を流して喜び、「花の女神・リリアーヌ」と命名してくれたという父のことを、憎みきることはできなかった。
……それなのに。
我欲にまみれた顔をする父を見た瞬間、リリアーヌの中に残っていた最後の愛情が音もなく砕け散った。
この男はもう、リリアーヌのことを娘として愛してくれていない。
彼にとってのリリアーヌは、ただの「道具」なのだ――
「……い、やだ……!」
「リリア――」
「嫌だ!」
リリアーヌは声を張り上げるが、かっとなったらしい父親がリリアーヌの手首を握りしめた。痩せこけているとはいえ父の手は大きくて余裕でリリアーヌの手首を一周し、指の先が痺れるほど圧迫してくる。
「黙らんか!」
「嫌! 助けて! 助けて、シャルルさ――」
「リリアーヌ!」