英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~

※こわれた世界の物語《承》

「来月、西の共和国との和平を狙った交渉に赴くことになった」

 シャルルがそんなことを言ったのは、聖王暦四十五年の晩秋のことだった。

 王国西部の国境を越えると、未開拓の土地になる。共和国は元々王国領だったが王政に不満を訴えて独立したものの、ごく一部の権力者が民を搾取するというとんでもない内政を行っているという。そのためか王国への脱走民が後を絶たず、亡命者を連れ戻そうとする共和国兵士もうろついている。

 共和国との交渉は決裂してばかりで、今回も決裂覚悟でシャルルが交渉の場に立つことになったらしい。

(……まあ、いつかこいつにお鉢が回ってくるのは、前々から分かっていたことだな)

 オーレリアンと同意だったようで、リリアーヌも落ち着いた様子でうなずいた。

「ついにそのお役目が、シャルル様に回ってきたのですね」
「ああ。いくつかの小隊を見繕って、遠征部隊を編成する予定だ。オーレリアンには人員の精選、リリアーヌには物資の手配を任せたい」
「おう、任せろ」
「かしこまりました」
「それから……リリアーヌ。君さえよかったら、今回の遠征に君も来ないか」
「えっ、よろしいのですか?」

 シャルルの言葉にリリアーヌは驚いた様子だが、迷惑そうな雰囲気ではない。

「西の共和国周辺は、未知のものが多い。君にもいろいろ見てもらいたいと思っているんだ。リュパン元帥も、補佐官の同行に関しては問題ないとおっしゃっていたからな」
「光栄です。剣も持てぬ身で恐縮ですが、足手まといにならないように頑張ります」

 そう言うリリアーヌは、本当に嬉しそうだ。

 リリアーヌは騎士ではないので帯剣することができないし、戦地に行くこともできない。これまでシャルルとオーレリアンが部下たちを連れて遠征に行くのを、彼女は凜とした顔で見送ってくれた。だがきっと、自分一人が留守番になるのを寂しく思っていただろう。

 それに、帰ってくるときに全員そろっているかも分からない。
 オーレリアンたちが全員で帰城するのをリリアーヌは門の前で出迎えてくれるが、彼女がいつもほっとしたように灰色の目を揺らすのをオーレリアンは知っていたし……当然、シャルルだって分かっているのだろう。

 二人に視線を向けられたため、オーレリアンは苦笑した。

「まあ確かに、リリアーヌが戦地の様子とかを見るのもいいことだろうな。交渉の間は砦にいればいいんだし、時間があれば国境沿いの調査もできる」
「そう言ってくれると助かる」

 シャルルもほっとしたように言うのを、オーレリアンは心の中で笑いをかみ殺しながら見ていた。

(こいつの場合、格好いい自分を見てほしい、って気持ちもあるんだろうな)

 西の共和国との交渉は非常に厳しいものになるだろうが、それでも将軍として、上司として――一人の男として努力する姿を、リリアーヌに見てほしいのだろう。

(まあ、たまには小生意気な上司に花を持たせてやるかな)

 しくりそうだったら、オーレリアンが手を貸してやればいい話だ。

 ……そう、オーレリアンは甘く考えていた。
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