英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 オーレリアンは父親から伯爵位を受け継ぎ、ブラン伯爵となった。それと同時に、デュノア将軍付補佐官であるリリアーヌ・ラチエとの婚姻を発表した。

 リリアーヌが将軍をかばって顔に傷を負ったという噂はあっという間に広まってしまい、それまでは物静かな才女として知られていた彼女は一瞬で、「伯爵に責任を取らせた醜女」呼ばわりされてしまった。

 結婚宣誓書を書くためにリリアーヌを迎えに行くと、彼女は顔が見えないほど分厚いベールを被っており、ラチエ男爵は揉み手をしてオーレリアンを待っていた。行き遅れ確定で半ば放置していた娘が伯爵夫人となるのが、嬉しいようだ。

 一刻も早くここから連れ出そうと、オーレリアンはリリアーヌを連れて聖堂に行って宣誓書を書き、すぐに自邸に戻った。

「今日からここが、おまえの家だ。使用人たちは皆おまえの味方だから、なんでも命じればいい。夜会なんかにも行かなくていいから、ずっとここで過ごしていろ」
「……」

 リリアーヌのベールが、少しだけ揺れた。

 オーレリアンは結婚を決めてから、何度もリリアーヌに会いにいった。だがいつも分厚いベールを身につけた彼女の反応は薄く、声もほとんど聞けなくなった。

 オーレリアンは小さく息をついてリリアーヌの肩を抱き、もう寝室に行くと使用人たちに告げて階段を上がる。

 夫婦用の寝室にいた使用人たちにも出て行くよう命じ、二人きりになったところでリリアーヌの正面に立って、ベールの裾に触れる。

「これ、取っていいか?」
「……」
「顔、見せてくれ」

 そう言うと、嫌がるようにリリアーヌが顔を背けたのが分かった。
 それでも、とベールをめくると、久しぶりに見る灰色の目がオーレリアンを避けるようにすぐ下を向いた。

 最後にリリアーヌの顔をまともに見たのは、あの西の砦の夜だ。あのときより体全体が痩せており、頬もこけている。

 そんな彼女の左側の額から右の頬まで、白い傷跡が伸びている。共和国軍の密偵によってつけられた傷は、完全には塞がらなかった。すぐに止血処理をしなかったのが原因だろう、と医師は言っていた。
 その言葉がいっそう、シャルルを打ちのめしていた。

 高貴な身の上の将軍としては、部下にかばわれるのも負傷した部下よりも混乱制圧を優先させるのも正しいことだった。

 だがあのときリリアーヌを現場に残したから、彼女の傷は塞がらなかった。任務を放り出してでもリリアーヌの応急処置をしていればはっきりとした傷跡にはならなかったのかもしれないのに、と嘆いていた。
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