英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 オーレリアンはそっと、額の白い傷跡に触れる。リリアーヌはうつむいて拒否を示したが、空いている方の手で頬を押さえて何度もなぞる。

「シャルルが、おまえのことを悔やんでいた」
「っ……」
「自分が将軍でなければ。自分がもっとしっかりしていれば。自分が、リリアーヌを置いていくと言っていれば、こうはならなかったのに、と」
「……違う」

 小さな声が、聞こえた。
 久しぶりに聞くリリアーヌの声はいつぞやのみずみずしさもなく、かすかすになっていた。

「シャルル様は、間違っていない。私も、自分のしたことが間違っているとは思っていない」
「リリアーヌ……」
「ありがとう、オーレリアン。あなたのおかげで、私もシャルル様も救われました」

 そう言って、リリアーヌは顔を上げ――その目を見て、オーレリアンは愕然とした。

 リリアーヌは、生きている。顔に大きな傷を負いながらも、きちんと生きている。

 だが彼女の灰色の目は、死んでいた。
 かつて三人で談笑していた頃には見られていた輝きは失せ、冬の曇天のような濁った色でオーレリアンを見ていた。

(ああ、そうか)

 本当のリリアーヌは、あの西の砦で死んでしまっている。ここにいるのは、抜け殻となったリリアーヌなのだと。

 何一つ、救われていない。何一つ解決していないのに……こうしないといけない、受け入れなければならない、と自分に言い聞かせた結果、リリアーヌの心は死んでしまったのだ。

 オーレリアンはたまらず、リリアーヌを抱きしめた。彼女は抵抗することなく、夫の腕の中でおとなしくしている。

 抱擁を解いたオーレリアンはリリアーヌの額にキスをして、その手を引いた。

「リリアーヌ、おいで」
「……」
「おまえを娶ることについて、親父もお袋も何も異論はないと言っていた。ただ、一つだけ。……跡継ぎはちゃんと作れ、と」

 リリアーヌは従順にオーレリアンに手を引かれて、そのままベッドに座った。オーレリアンは彼女の靴を丁寧に脱がせてからベッドに寝かせ、その上に覆い被さって苦く笑った。

「おまえを一人、暗がりに置いていったりはしない。男爵からも守ってやるから……落ちるなら一緒だ、リリアーヌ」
「……あなた」

 リリアーヌの唇が、オーレリアンのことを初めてその名で呼んだ。
 たまらず唇を奪いそうになったが堪え、青白い頬にキスをする。

(悪いな、シャルル)

 抵抗らしい抵抗をしないリリアーヌの体をかき抱きながら、オーレリアンは昏い笑みを浮かべていた。
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