英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
※こわれた世界の物語《転》
リリアーヌの妊娠が分かったのは、結婚して半年も経たない頃のことだった。
「秋の終わりか冬の初め頃には、生まれる予定だ」
オーレリアンの報告を、シャルルは死んだような目で聞いていた。
一応彼は自分の上司であり妻の元上司でもあるのだから、報告する義務がある。とはいえ、めでたい報告のはずなのにオーレリアンの胃はきりきり痛んでいた。
(こいつも、相当落ちてしまっているな)
オーレリアンとリリアーヌが結婚してからは、シャルルもなんとかいつもどおりを保っていた。仕事の合間に、「奥方は元気か」と少しよそよそしいながらも、リリアーヌのことを聞かれたりもした。
だが子どもができたと教えるなり、シャルルの青色の目から生気が消えた。
正直、こいつもか、とオーレリアンは思ってしまった。
「……そうか。元気な子が生まれることを、祈っている」
「ありがとう」
オーレリアンは、手短に言った。「生まれたら会いに来てくれ」なんて言葉は、口が裂けても言えなかった。
結婚してからというもの、リリアーヌはオーレリアンに従順に抱かれていた。
オーレリアンもなるべく優しくしてあげているのだが、リリアーヌの反応は薄い。灰色の目はもう、オーレリアンを映していないようだった。
妊娠していると知ったときにはさすがに驚いていたが、「旦那様の子を大切に育てます」と、落ち着いた口調で言っていた。
いつからか彼女はオーレリアンのことを、「旦那様」と堅苦しく呼ぶようになった。
オーレリアンも特に止めなかったが、ずっと「オーレリアン」と呼び捨てにされていたので、彼女に旦那様と呼ばれるたびに背中がむずむずしていた。
シャルルは表面上問題なく将軍としての職務を果たしているが、明らかに活気がなくなっている。
そしてとどめを刺すような、リリアーヌの妊娠報告。今日のシャルルは使い物にならないかもしれない。
(それくらい、好きだったんだろう)
喉まで出かけた言葉を、胃の中に押し込む。
(なあ、知っているか? リリアーヌは一度だけ、俺に抱かれながらもおまえの名前を呼んだんだ)
あれは、結婚して少し経った頃だったか。
いつものようにリリアーヌを抱いた夜、まどろむ彼女を抱き寄せたときに、「シャルル様」と口走ったのだ。
夫に抱かれた直後なのに、別の男の名を呼ぶなんて。苛立ちも生じたが、怒れるような立場ではないとすぐに気づいた。
きっとリリアーヌにとっても、シャルルは特別な存在だったのだ。
シャルルほど分かりやすくはなかったが、彼女がシャルルのことを好意的な眼差しで見ていることにはオーレリアンだって気づいていたのだから。
……分かっていたからこそ、シャルルではなくて自分がリリアーヌを娶れたことが、嬉しかったのかもしれない。
もしそうだとしたら、自分はとんだ変態、とんだ異常性愛者だ。
自嘲の笑みを浮かべて、オーレリアンは目を閉じた。
……気づいていないだけで、リリアーヌやシャルルと同じく自分の目ももう死んでしまっているのかもしれない、なんて思いながら。
「秋の終わりか冬の初め頃には、生まれる予定だ」
オーレリアンの報告を、シャルルは死んだような目で聞いていた。
一応彼は自分の上司であり妻の元上司でもあるのだから、報告する義務がある。とはいえ、めでたい報告のはずなのにオーレリアンの胃はきりきり痛んでいた。
(こいつも、相当落ちてしまっているな)
オーレリアンとリリアーヌが結婚してからは、シャルルもなんとかいつもどおりを保っていた。仕事の合間に、「奥方は元気か」と少しよそよそしいながらも、リリアーヌのことを聞かれたりもした。
だが子どもができたと教えるなり、シャルルの青色の目から生気が消えた。
正直、こいつもか、とオーレリアンは思ってしまった。
「……そうか。元気な子が生まれることを、祈っている」
「ありがとう」
オーレリアンは、手短に言った。「生まれたら会いに来てくれ」なんて言葉は、口が裂けても言えなかった。
結婚してからというもの、リリアーヌはオーレリアンに従順に抱かれていた。
オーレリアンもなるべく優しくしてあげているのだが、リリアーヌの反応は薄い。灰色の目はもう、オーレリアンを映していないようだった。
妊娠していると知ったときにはさすがに驚いていたが、「旦那様の子を大切に育てます」と、落ち着いた口調で言っていた。
いつからか彼女はオーレリアンのことを、「旦那様」と堅苦しく呼ぶようになった。
オーレリアンも特に止めなかったが、ずっと「オーレリアン」と呼び捨てにされていたので、彼女に旦那様と呼ばれるたびに背中がむずむずしていた。
シャルルは表面上問題なく将軍としての職務を果たしているが、明らかに活気がなくなっている。
そしてとどめを刺すような、リリアーヌの妊娠報告。今日のシャルルは使い物にならないかもしれない。
(それくらい、好きだったんだろう)
喉まで出かけた言葉を、胃の中に押し込む。
(なあ、知っているか? リリアーヌは一度だけ、俺に抱かれながらもおまえの名前を呼んだんだ)
あれは、結婚して少し経った頃だったか。
いつものようにリリアーヌを抱いた夜、まどろむ彼女を抱き寄せたときに、「シャルル様」と口走ったのだ。
夫に抱かれた直後なのに、別の男の名を呼ぶなんて。苛立ちも生じたが、怒れるような立場ではないとすぐに気づいた。
きっとリリアーヌにとっても、シャルルは特別な存在だったのだ。
シャルルほど分かりやすくはなかったが、彼女がシャルルのことを好意的な眼差しで見ていることにはオーレリアンだって気づいていたのだから。
……分かっていたからこそ、シャルルではなくて自分がリリアーヌを娶れたことが、嬉しかったのかもしれない。
もしそうだとしたら、自分はとんだ変態、とんだ異常性愛者だ。
自嘲の笑みを浮かべて、オーレリアンは目を閉じた。
……気づいていないだけで、リリアーヌやシャルルと同じく自分の目ももう死んでしまっているのかもしれない、なんて思いながら。