英雄は時を駆ける~エリート将軍の年上花嫁~
 しばらく様子見を兼ねてシャルルの屋敷に滞在した後、オーレリアンはリリアーヌを残して一足先に伯爵領に戻った。

 使用人たちには、「リリアーヌは王都の病院で検査を受けてから、しばらくの間入院する」と嘘の説明をした。
 母親を恋しがる双子には、「お母様はいずれ、帰ってくる」と言い聞かせた。

 リリアーヌは春の間王都に留まり、彼女が帰ってきたのは夏になってからだった。
 そして秋頃にはお腹が大きくなり始め、冬には次の子が生まれると分かった。お腹の子の父親がオーレリアンであると当然のように思ってもらえる、ぎりぎりのタイミングだった。

 オーレリアンとリリアーヌは表面上、いつもどおりに過ごした。双子には「弟か妹が生まれる」と教え、両親や使用人たちにもリリアーヌが第三子を懐妊していると告げた。

 そして猛吹雪が窓を打ち付ける日に、リリアーヌは元気な男の子を産んだ。
 リリアーヌと同じ栗色の髪と――灰と青を混ぜたような不思議な色合いの目を持つ子だった。

 元気いっぱいの産声を上げて生まれた次男だが、出産直後からリリアーヌの容態は思わしくなかった。
 すぐにリリアーヌは伯爵領で一番大きな病院に送られたものの、彼女の命の灯火は日に日に小さくなっていることが明らかだった。

 オーレリアンは毎日、病院に通った。
 手を握り、意識がもうろうとする妻に呼びかける。

「リリアーヌ、リリアーヌ。頑張ってくれ。目を開けてくれ……」
「……シャルル、様?」

 これまでずっと反応のなかった妻が、うっすらと目を開けた。

 ――今、ここに自分以外の者がいなくて本当によかった、と思った。

 おそらくオーレリアンにシャルルを重ねているのだろうリリアーヌの目尻から、涙が零れた。

「シャルル様……私、お役目、果たしました。ちゃんと、あなたの子を……男の子を……」
「リリアーヌ、違う。俺だ、オーレリアンだ!」

 こんなときだというのに、ひどい嫉妬で頭がガンガン痛む。
 叫ぶオーレリアンを見て、リリアーヌは穏やかに微笑んだ。

「シャルル様。……あの子を、お願いします」
「リ――」
「……私も、あなたのことが好きでした」

 ぽとり、とオーレリアンの手の中から妻の手が落ちた。

(そうだったんだな)

 頭の中は驚くほど冷静で、それでいて胸の奥はぐちゃぐちゃで、叫び出したいような暴れたいような衝撃で体が裂けそうで。

 リリアーヌ()また、シャルルのことが好きだったのだ。
 リリアーヌは自ら進んで、好きな男に抱かれに行ったのだ。

 そして、()ということはきっと、シャルルは彼女に想いを告げていて――ただ一人、オーレリアンだけが蚊帳の外だったのだ。
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