パパに会いたいだけなのに!
「ありがとうございました」
ぺこりとおじぎをして、会議室を後にする。
「ふぅっ」ってちいさくため息。
そのままうつむいてムジカの廊下を歩いていると、ある部屋から「あーわっかんねー」って、聞き覚えのある声が聞こえてきた。【第1レッスン室】と書かれた部屋のドアをギイっと開ける。
「おつかれさまです」
「果音。おつかれ」
広い部屋の中にいたのは、拓斗くんひとりだった。
「ダンスのレッスン?」
今日はお昼前からずっとレッスンだって言ってたから、ずいぶん長い時間やるんだなって驚いた。
「いや、自主練」
「理澄くんは?」
「先に帰ったけど」
拓斗くんの言葉にさらに驚いた。
「あんなにダンスが上手いのに、拓斗くんだけ残って練習してるの?」
「当たり前だろ? できてないんだから」
〝できてない〟なんて、ますます意外な言葉だった。
「……練習、見学してもいいですか?」
拓斗くんは集中したいはずだってわかってるのに、なんだか家に帰りたくなくて、そんなことを言ってしまった。
拓斗くんは「いい」とも「ダメ」とも言わなかったけど、追い出したりはしないでくれたから、彼がダンスの練習をしているところをボーッとながめていた。
< 55 / 118 >

この作品をシェア

pagetop