絵本の中のヤンデレ男子は、私のことを逃がす気がない。
「やぁ、いらっしゃい」
爽やかな笑顔でそう言われた瞬間、風が花びらを舞いあげた。
「やっぱり、いた!」
「!」
その瞬間、私は男の子に会えたのが嬉しくて、思わず抱きついてしまった。
「ずっとずっと、会いたかったの!」
「……」
そう言って、男の子にギュッときつく抱きつくと、男の子は、少し驚いた顔をしたあと、私の背にそっと腕を回してきた。
「うん……僕も会いたかったよ」
まるで宝物を扱うみたいに、優しく優しく抱きしめられて、なんだがすごく安心した。
だけど──
(あれ、違う……)
一つだけ、絵本と違うところがあった。
それは、視界の端で揺れた髪の色。絵本の中の男の子は"青い髪"をしていたのに、私を抱きしめる男の子は、なぜか"黒い髪"をしていた。
(あれ……なんで?)
会いたかったなんて言って、今更、別人だなんておもいたくなくて、私は慌てた。
だけど、その後男の子は抱きしめていた腕を離すと、私の前に、そっと手を差しだしてきた。
「ねぇ、君の名前は?」
そう言った男の子を見て、私はホッとした。
(……やっぱり、あの絵本と同じだ)
髪の色なんて些細なことだ。きっと子供の時に読んだ本だから、勘違いしているだけだよね?
「私は、アンナ」
再び笑顔に戻ると、私は差し出された手をとった。
ずっと、話してみたいと思っていた絵本の中の男の子。
私よりも少しだけ大きい手と、少しだけ高い背丈。同じくらいの年頃なのに、その男の子の方が、不思議と私よりも大人びて見えた。
正直、お互いの名前も知らないなんておかしな話だけど、私が恥ずかしそうに笑えば、男の子も、またクスリと笑う。
「アンナか。いい名前だね」
「そうかな?」
「うん、かわいい」
「か、かわいい? そ、そ、そうだ! あなたは?」
「え?」
「あなたの名前は?」
「あー……僕は、名前がないんだ」
「え?」
名前がない。
そう言われて、私は目を丸くした。すると男の子は少し困ったように笑って
「驚いたよね。僕、名前付けてもらってなくて」
「そう……なんだ」
名前がないなんて思わなくて、なんて声をかけていいか分からなくなった。
でも、思い起こせば、確かにあの絵本の中でも、男の子の名前は語られてなかった。