絵本の中のヤンデレ男子は、私のことを逃がす気がない。
(そっか、名前なかったんだ……)
そう思うと、急に胸が苦しくなって、目にじわじわと涙が浮かんできた。
「そんな顔しないで、アンナ」
「だって、名前がないなんて……っ」
「悲しんでくれるの? アンナは優しいね。そうだ。 なら、アンナがつけてよ」
「え?」
「僕の名前……アンナがつけて」
そう言って、私の顔を覗き込むようにして、柔らかく微笑んだ男の子。
だけど、その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「え? 私がつけるの!?」
「うん」
「む、無理だよ。名前なんて、そんな簡単に付けられないよ!」
「大丈夫だよ。アンナが付けてくれるなら、僕はどんな名前だって構わない」
「そんなこと言われても……っ」
「お願い、アンナ。僕に名前をつけて──」
そう言って、渋る私を力強く見つめてくる男の子の目が、あまりにも真剣なものだから──
「ほ、本当に、なんでもいいの?」
「うん、なんでもいいよ」
そう言われて、私は暫く考えこむ。
「えっと、じゃぁ……ハルカ……とか、どうかな?」
「ハルカ? どうしてハルカなの?」
「だって君、"春"ぽいなって。あったかいし優しいし、一緒にいるとぽかぽかしてくるから……あ、でもハルカだと女の子ぽいかな?」
「うんん。すごく綺麗な名前。ありがとう。僕に名前を付けてくれて──」
そういって、愛おしそうに目を細めた男の子は、すごくカッコよくて、少しだけドキッとした。
だけど──
「これで僕たち、ずっと一緒にいられるね」
───え?
「……私たち、ずっと一緒にいるの?」
「そうだよ。僕達これからは、ずっとずっと一緒にいるんだよ」
そう言われて、繋がった手にいっそう力がこもった。心地よいような、少し痛いような。
あれ? そう言えば私、何でここにいるんだっけ?
「アンナ」
すると、ハルカが私の手を引いた。
瞬間、腰に腕が回って視線が合うと、ハルカは、まるで王子様が、お姫様に愛を誓うように、私を見つめて囁く。
「大好きだよ、アンナ」
それは直接、鼓膜に語りかけるように
「もう、どこにも行かないで──」
だけど、その言葉は、不思議と、悪魔の囁きのようにも聞こえた。