絵本の中のヤンデレ男子は、私のことを逃がす気がない。
幸せな世界で、ふたりきり

「さぁ、入って」

 それから私は、ハルカと一緒に、丘の上に建つ小さなお菓子の家にやってきた。

 クッキーでできた外壁と、色鮮やかなチョコレートの屋根。だけど、そのカラフルな外観とは裏腹に、中はごくごく普通の家だった。

 別にお菓子でできているわけではなく、あるのは、布製のソファーとか、木製の家具とか。他にもキッチンに、リビングにお風呂。普通の家にありそうな家電もあって、それはお菓子の家と言うだけあって、少しポップな雰囲気のデザインだったけど、センスが良くて、とてもオシャレな部屋だった。

「中は、お菓子じゃないんだ」
「そうだよ。綿菓子でできた布団で寝たりしたら、ベタベタになっちゃうからね」

 家の中には入ると、ハルカが中央に置かれたテーブルの椅子を引いてくれて、私はそこに腰掛けた。

 確かに、ふわふわの綿菓子の上で眠ったら気持ちよさそうだけど、朝起きたらベタベタになってそう。

「アンナ、見て。焼きたてのアップルパイ!」
「!?」

 すると、今来たばかりだと言うのに、ハルカは私の目の前に、美味しそうなアップルパイを差し出してきた。
 まるで手品みたいに、一瞬にして現れたそれを見て、私は目を丸くする。

「え、なんで!? どこから出したの!」
「凄いでしょ。ここでは、思い描いたものが、なんでも現実になるんだよ」
「思い描いたもの?」
「うん。頭の中で『これが欲しい』と願えば、なんだって出てくるんだ。アンナもやってごらん」
「わ、私もできるの!?」
「できるよ。まずは、頭の中で欲しいものの映像とか味をイメージしてみて」

 そう言われて、私は半信半疑ながらも試してみることにした。

(何をイメージしよう。そうだ、アップルパイがあるなら、飲み物もあった方がいいよね?)

 そう思うと、私は祈るように目を閉じて頭の中で飲み物をイメージする。

「アンナ、目を開けて」
「?」

 一瞬だった。目を開ければ、そこにはティーカップに注がれた紅茶が置かれていた。

「うそ、すごい!!」
「すごいのはアンナだよ。みんな最初は上手くイメージできなくて失敗しちゃうんだ」
「そうなの?」
「うん。アンナ才能あるよ。この調子なら、すぐに、こっちの世界に馴染めそうだ」

 ニコニコと笑って褒めてくれるハルカに、私は顔を赤くする。

(どうしよう。嬉しい……っ)

 才能があるなんて言われたのは初めてで、それに、不思議とハルカとは話が弾んだ。
 元々、人と話すのは苦手だったし、初めて話す相手、しかも異性とこんなふうに自然と話せるなんて、自分でもビックリだ。

「アンナ」

 すると、ハルカがまた私を見つめて、声をかけてきた。

「なに?」
「今日から、この家で一緒に暮らそう」

 ハルカが私を見つめて、そう言う。
 この言葉に、驚かない女子がいるだろうか? いや、いない。

「な、なな、何言ってるの!? 一緒に暮らすなんて、そんな」
「なんで? 別に変なことしないよ」
「そ、そういうわけじゃなくて……っ」
「じゃぁ、一緒に暮らそうよ。この付近、星は出るけど、夜になると真っ暗になるんだ。それに、ここは絵本な世界だから、たまにゴーストとか、狼もでる」
「お、狼!?」
「うん。狼に食べられたくないでしょう?」
「そ……れは、嫌」
「なら、僕と一緒にいた方が安全だよ」

 そう言って、軽く小首を傾げたハルカは、またニコリと笑う。その姿は、なんだか見惚れてしまいそうなほど、綺麗で

「そう、だよね。ハルカと一緒にいた方が……いいよね」
「うん。じゃぁ、決まり!」

 するとハルカは、パッと顔を明るくすると、目の前のテーブルに、次から次へと美味しそうな料理を作り出して、ついでに部屋の中も鮮やかな飾りでいっぱいにした。まるで、今からパーティでも始めるみたいに

「ようこそ、アンナ。僕たちの家へ!」

 可愛いお菓子の家と、美味しそうな料理と、優しくてカッコイイ男の子。
 絵本の中は、とてもとても魅力的で、それは、私がずっと夢見ていたような

 ────幸せな世界だった。


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