悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 本日は、エルヴィンたちだけでなく担任であるディアナの今後にも関わる、一年生対象進級試験の日だ。

 夜型で朝にはめっぽう弱い自覚のあるエルヴィンだが、昨夜はディアナに言われた通り早めに寝て、今朝も太陽が昇る前には目を覚ました。

 ディアナは、「朝起きてすぐは頭も動かないし食欲もわかないことがあるので、少し身体を動かした方がいいですよ」と言っていた。だから着替えをすると食堂に行く前に、少し散歩をすることにした。

 朝の散歩なんて、今までしたこともない。過去の自分に言えば、「なんでそんな面倒くさいことするんだ?」と言われそうだ。

 自分が変わったのは、ディアナのおかげ。
 そんな彼女への恩返しの意味もあり、今日の試験は合格したい。

「……ん?」

 部屋を出て中庭にでも行こうと思ったエルヴィンは、今、廊下の奥を誰かが通った気がして目を細めた。

 まだ生徒たちが動き出すのには早い時間だが、たまに朝から走り込みをする者もいる。
 そういう生徒の誰かかと思ったエルヴィンはさして気にせず、中庭に向かった。







 ディアナの言う通り、散歩をしてから部屋に戻るとちょうどいい感じに目も覚めてきたし腹も減ってきた。体調に問題のあるレーネは朝食をあまり食べない方がいいようだが、他の者はしっかり食べるように言われていたことだし、朝食もおいしく食べられそうだ。

 試験前に一度、ディアナの顔を見たい。
 見たらきっと、いっそう頑張ろうと思えるはずだ。

 そう思いながら食堂に向かったエルヴィンだが、やけにそこが騒がしいことに気づいた。
 今日はほとんどの二年生が実家に帰っているようなので、もし何か揉め事を起こしているとしたら高確率で一年生だ。

 今日は試験日だろうが、と思いながら頭を掻いたエルヴィンだが、ちょうど食堂から出てきた同級生がエルヴィンの顔を見て、「あっ、いた!」と言ったため嫌な予感がした。

「エルヴィン、中が大変なことになってんの、知ってる?」
「知らない。またリュディガーとツェツィーリエの痴話喧嘩か」

 二人の間にこれっぽっちも恋愛感情がないことを知っていながら、エルヴィンはけだるげに言う。あの二人が聞けば絶対に嫌そうな顔をするだろう。

 だが同級生は首を横に振った。

「そいつらは、なだめる側。……よく分からねぇけど、おまえんところのクラスの男子と女子が泣いてるんだよ」
「なんでまた……」

 補講クラスで泣くとしたら、ルッツとエーリカだろう。
 もしかすると試験が不安で泣き出したのかもしれない。なだめるのは面倒だが、ディアナとの約束のためには全員で協力しなければならない。

 そう思いながら食堂に入ったエルヴィンだが、明らかに様子がおかしいと分かった。

「あっ、エルヴィン! こっちに来なさい!」

 食堂の隅で、ツェツィーリエがエルヴィンを呼んだ。
 そちらに行くと、レーネに肩を抱かれたエーリカ、そしてリュディガーに背中を叩かれるルッツの姿があった。

「何があったんだ」
「……ツェツィーリエ。ルッツとエーリカに見えないように」
「……ええ」

 いつもの二人らしくもないやり取りの後、食堂の隅にエルヴィンを呼んだツェツィーリエは、布でくるまれたものをテーブルに置いた。

「……これらが、ルッツとエーリカの部屋の前にそれぞれ落ちていたそうなのです」
「……な、何だこれ……!」

 ツェツィーリエが広げた布の中に入っていたもの。

 それは――真っ赤な血に染まった女物のシャツと、ロンググローブだった。
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