悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……シャツはルッツの部屋の前に畳んだ形で置かれていて、グローブはエーリカの部屋のドアノブに引っかかっていたそうですの」

 ツェツィーリエの説明を、エルヴィンは放心状態で聞いていた。

 シャツだけでは誰のものか分からないが、グローブは見覚えがある。
 おそるおそるグローブの縁部分をひっくり返すと、細かく縫った跡があった。確かディアナが冬の初め頃にどこかで引っかけていて、「自分で縫ったのですよ」と恥ずかしそうに笑っていたことがあった。

「落ち着け、ルッツ、エーリカ! あれが先生のものだと決まったわけじゃ……」
「先生のものよ! だってあたし、あのシャツに見覚えあるもの!」

 エーリカが悲鳴を上げると、ルッツもまた真っ青な顔で頷く。

「あ、あのグローブ、先生のだよ。ちょっとほつれたところとかが同じだから、間違いない。先生が、血で……怪我して……」
「お待ちなさい! た、確かにあれは先生のものかもしれないけれど、血は別の人のかもしれないし……」
「じゃあどうして、先生は来てくれないの!? 先生の血じゃないのなら、来てくれるはずじゃない!」

 エーリカはすっかり取り乱してしまったようで、レーネに抱きついてわあわあ泣いている。レーネの方も顔が青白い。

「……レーネ、あんたは飯を食え。俺たちはともかく、あんたは飯抜きだと倒れるだろう」
「そ、そうだけど……でも、私もなんだか気持ち悪くなってきて……」
「じゃあせめて、休んでいろ。おまえまで倒れたら困る」
「リュディガー、エルヴィン。このことを先生たちに伝えてきてくださる? あなたたちの方が足が速いし……二人のことはわたくしが見ておくわ」
「……悪いな、ツェツィーリエ」

 ツェツィーリエも青白い顔ながらはっきりと言ったので、エルヴィンはリュディガーと一緒に食堂を出た。

「怪我……ならアルノルト先生を探した方がよさそうだ。エルヴィンは、校長のところに行ってくれ」
「分かった。……なあ、リュディガー。あれは……」
「分かってる」

 リュディガーは走りながらぎりっと歯を噛みしめた。

「……血の付いたシャツと、グローブ。あんな見え見えの工作だが、オレたちの動揺を誘うには十分だったってことだ」

 リュディガーも分かっていたようだ。

 血液の付着した、教員のものと思われる衣類。
 こんなものが生徒の宿舎棟にあれば大問題だが、これを置いていった者の目的は――おそらく、補講クラスの生徒六人を動揺させて、試験不合格を狙うことだ。

 ふと、朝の散歩に出かける際に宿舎棟で見かけた怪しい影のことを思い出す。
 あれは……ひょっとすると、ルッツの部屋の前にシャツを置いた帰りだったのかもしれない。

「……俺、怪しいやつを見かけたんだ。そこでちゃんと調べていれば、少なくともルッツは守れていたかもしれないのに……」
「……おまえのせいじゃないだろう。シャキッとしろ」
「……悪い。だが、こんなことをしてでも先生の邪魔をしたいやつがいたのか……」
「そういうことだろうな。オレたちの中でも特に繊細なルッツやエーリカを狙ったってところがマジで胸くそ悪ぃ」

 もしこれが落ちていたのがリュディガーの部屋の前だったら、彼は真顔でそれを回収してから何食わぬ顔で皆と合流しただろう。
 それでは、意味がない。

 担任の私物らしき血まみれのものを目にして、驚き戸惑い、そのまま食堂に行って混乱を大きくしそうな者。
 そういった生徒を確実に狙った犯行だ。

 廊下の先でリュディガーと別れ、エルヴィンはこれまで一度も訪れたことがないがサボりのときに近くを通ったことがある校長室に向かった。

 そうして、ディアナの衣服が血まみれ状態で生徒の部屋の前にあったことを、校長と副校長に報告したのだが――
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