悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「何だ、それは! ディアナ・イステルはそのようなことをしてどうするというのだ!」
「校長。これはイステル先生の仕業ではなくて、別の者の犯行でしょう」
「そ、そんなの分かっているとも!」

 明らかに分かっていなくて副校長に突っ込まれてようやく気づいた様子だが、そのやり取りを見ていたエルヴィンは眉根を寄せた。

 おそらく校長は、犯人ではない。
 なぜならこんなことをしでかしたとしても、校長には不利益しかないからだ。

 補講クラスの生徒が進級できなくなるのはともかく、生徒の宿舎棟で血まみれの衣類が発見されるというのは、校長としては嬉しくない事態だ。下手すれば信用問題として、子どもを学校に通わせる貴族たちとの間に軋轢を生みかねない。

「……お願いします、校長先生。イステル先生をすぐに探してください」
「わ、分かっていると言っているだろう!」
「しかし、妙ですな。今朝の職員用食堂で、イステル先生の姿は見られませんでした」

 副校長の言葉に、エルヴィンはひやりとした。
 せめて、ディアナ本人の無事が確認できればよかった。彼女が現れればひとまず、ルッツやエーリカも落ち着くはずだったのに。

「宿舎棟には……?」
「分からん。だが、面倒なことになっては困るからな、手の空いている者で探させよう」
「あ、ありがとうございます!」
「……全く。今日が試験の日だというのに、生徒を使い走りさせて何をやっているんだ、あの女は……」

 校長がぶつぶつ言っているのは気になるが、ひとまずディアナについて頼むことはできたのでエルヴィンは校長室を後にした。

 廊下を足早に歩いていると向かいからやって来たリュディガーと合流できたが、彼は首を横に振った。

「医務室にアルノルト先生はいなかった。他の先生に聞いたところ、試験の準備をしているんじゃないかってことだった」
「……。……そうか」
「おい、どうするんだ。一時間目の魔法実技の試験まで、もう三十分もないぞ」

 リュディガーに尋ねられ、エルヴィンはしばし考えた後に顔を上げた。

「……あんたは食堂に戻って、皆と一緒に朝食を食べてくれ。そうしないと、時間がない」
「おまえはどうするんだ」
「俺は……時間ぎりぎりまで、先生を探す」
「ならオレも――」
「だめだ。……先生がいない今、ルッツやエーリカが一番頼りにするのはあんただ。……あんたがいて皆を励ませば、なんとか立ち直れる。それは、俺にはできない」

 リュディガーは目を細めて、はっきりと言ったエルヴィンを見つめる。そうして、チッと舌打ちした。

「……分かったよ。じゃ、おまえが腹ぺこで戻ってきたときのためにパンでもちょろまかしておくぜ」
「ありがとう、頼んだ」

 頷いたエルヴィンは、すぐに駆け出した。

 自分はこれまで昼寝場所を探すために、校舎を歩き回ってきた。だから、リュディガーよりは効率よくディアナを探せるはずだ。

「先生……!」

『シュナイト君』

 優しく名前を呼んでくれるディアナのことを思い、エルヴィンは足を進めた。
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